双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

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煩い

|縷々| 午後から予報通りの雨。螺子のひとつが緩んだよな、 当てにして居た僅かのマッチが全て湿気て居たよな、 居心地の悪い水曜。かかって来た電話はどれも、 不躾な勧誘であったり。的外れな問い合わせであったり。 鈍い心持ちのまま淹れたお茶は、煩いに気を取られる内、 カップの半分を占領したまま、ゆっくりと熱を失って居た。 仕舞い支度をしようと表へ出れば、軒下深くにも拘わらず、 強い風の力を借りて勢いを得た雨に叩かれ、けれども 舌打して毒づく気にすらなれず、長い溜息だけが漏れた。 …

一年

|縷々| Andrew Wyeth "Snow Flurries" 荒涼とした枯野も、季節が巡れば青草に覆われる。 何故だかふと、遠く繰り返される野の営みを想った。 何処へ続くか知れない、この道の先。

Blue

|縷々| したたか打ったところを、上からぎゅうと押されるよな。 切り傷をつくったところへ、苦い塩を塗られるよな。 こちらが己で重々承知のところを、物云わず真後ろで つつかれるのは、なかなかに堪えるもの、と想う。 宵口の空は、吸い込まれそな深い深い青だった。 東のほうから生温い湿った風が、のっそり流れてきて、 鼻先の重たい感触には、海の匂いが微かに混じって居た。

些事

|縷々| どうやら今日も涼しくて、空模様は落ち着かない。 窓の外を眺めやり、洗い桶の手元に目を落とせば、 薬指の節に棘を抜いた痕が小さく、ちくりとする。 何処かで刈った青い草の匂いへ小糠雨が混じり、 僅かに風が変わった。記憶に沈んで居た、夏の匂い。 通り端の紫陽花が、少しずつ立ち枯れ始めて居る。 ああして次第に色を失いながら侘びゆく様が、好きだ。

Jardins sous la pluie

|縷々| 朝起きると、昨晩遅くに降った雨が路面に残って居た。 重たく湿った外気は、けれども肌に冷ややかで、 隣家の石塀越しの紫陽花が、曇天の下に緑色濃い。 かのシーボルト博士は、雨露を纏った紫陽花の佇まいを愛し、 日本から独逸へ苗木を持ち帰って、屋敷の庭へ植えたのだと、 はて。いつ何処で読み知ったのだったか。 学名のHydrangeaは「水の器」を意味すると云う。

Hello.

|縷々| |映画| パラノイドパーク [DVD]出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント発売日: 2008/09/26メディア: DVD クリック: 29回この商品を含むブログ (76件) を見るミルク [DVD]出版社/メーカー: ポニーキャニオン発売日: 2009/10/21メディア: DVD購入: 4人 クリック: 75回この商品を含むブログ (133件) を見る ガス・ヴァン・サントの映画を観ながら、どうしてだろう。 もう行き会わなくなってしまった人たち…

マドラスチェック

|縷々| 未だちいと心細く想いながらも、抽斗の中身を 薄物と入れ替えて、相変わらず格子と縞ばかり 並んだ様に独り、納得して風呂敷を畳む。 そうだ。あの方が亡くなられて一年が経つ。 もし生きていらしたなら。3・11以降の世界を 如何に綴られたろう、と考えずには居られない。 アイロンをあてない洗いざらしのシャツを手に、 あの日、お身内の方の届けて下さった言葉の 一節を、ふと額の内側へ想い起こした。 マドラスチェック。 毎年新緑の清々しい頃となると、マドラスチェックの シャツへ袖を…

立春前

|縷々| 無花果の香りのろうそくを灯す。*1 仄かに甘く、どこか草のよな青さが漂う。 何故だか、ふと。 J. E. Millais の、この絵を想い出した。 きっと二月も、瞬く間に過ぎるだろ。 *1:「sycamore fig」 エジプトでは、古くから神聖な木であるのだと云う。

|縷々| 水道が凍った。今年に入って、三度目。 幾度も身体へ云い聞かせて、ようやく 寝床を出、顔を洗おうと洗面台へ向えば、 蛇口の先に、小さな氷柱が出来て居た。 気の遠くなるよな一滴一滴が、健気に ひと晩掛りで拵えたのであろうそれを、 じいと黙って眺めるうち、冷気に強張った 肩はほどけ、清々と。静かな心持ちとなる。 温い湯たんぽの湯を洗面器へ張れば、 たちまち湯気はか細く、ふと手を止め、 昨年の冬はどんなであったろか、と想う。

冬の山

|縷々| ふと思い立って、山へ行って来た。 ザックを背負い、頑丈な山靴を履き、 霜柱を踏み、苔むした岩を踏み、 黙々と歩けば、何かが浮かび、消え。 足どりは、進む毎軽くなってゆく。 杉の深い緑に混じって、すっかり 葉を落とし枝ばかりとなった雑木の 木立は寒々しく、しかしながら、 しんとした中に、枯れ枝の乾いた音。 渓流の清々しいせせらぎの音など 聞きながら、火を熾し、湯を沸かし。 只そうして、心静かに過ごしたのだ。

小さな火

|縷々| こんこんと。けれども静かに湧きあがる 冬への想いは、つうと器をこぼれ出て、 冷え澄んだ水のよに、薄い硝子板を伝う。 墨色の夜に、小さな灯火を探す。

ねぐらの中の小さなねぐら

|縷々| 季節の狭間。僅かに残った夏と秋との 繋ぎ目の、不確かなリズムをどうして 掴まえたら良いのか、未だ分からずに居る。 そんなときは自ら進んで、心もとなき感傷を 迎え入れようか。そっと掌で包むよにして。 六畳の部屋に広げたテントは、ほんの少しだけ ゆとりのある一人用で、ブランケットを二つに 折って中へ敷き、其処へ寝袋を持ち込めば、 半月を横たえた形の、ささやかなねぐらとなる。 部屋にテントを出したのは、久しぶりだな。 ランタンの小さな灯りの下、寝袋へもぐり込んで、 北の動…

八月の途上

|縷々| 驚いたことに、じりじりと射るよな八月の熱 の中へ、ほんの僅かな秋の気配を感じた。 それは束の間に去ったが、未だ何処かに なりを潜めながら、忘れ難い余韻を残して。 木綿の肩掛け袋の下で、牛乳がうっすらと冷たい 汗を滲ませ、やがて接した腕の内側に伝わった。 午後にはすっかり冷房に草臥れて、表へ逃げる。 さっきの牛乳みたいに冷たく湿った首の後ろを、 やんわりと掌で包んでさすり、ひとつ息をする。 ゆっくり呼吸を取り戻せば、血の巡りを呼ぶ。 体温と同じくらいの熱風が、勢いを失…

舌打

|縷々| 一枚減らした夜具のうすら寒さに呆れ、 身支度に長袖を重ねて着ては閉口し。 再びの寒さ出戻り、さながら開き直った 年増女の如き厚かましさか。しゃあしゃあと そ知らぬ顔して、潔く季節を譲らぬその様に、 こちらは落ち着くものも落ち着かず、こうして 懐の真ん中に腕を組み、心ならずも仕方無しと 分厚い靴下など履いて、苦々過ごして居る。 甘く見て、気を抜いた首元がすうと心細い。

夜風

|縷々| |本| 喉の中頃が何やらいがいがとして居て、 その上、頬の辺りもがざがざと乾いて 水っ気が薄く、どうも塩梅が宜しくない。 季節がちいとも季節らしい顔とならず、 照ったり降ったり曇ったり。はたまた やれ寒いの、やれ暑いのとなれば、 まぁ無理も無いことか、と髪を梳く。 尖ったお月さんの真上に、煌煌と星ひとつ。 まるで何処かの国旗みたいだな。 間抜け面の頬杖。無粋なくしゃみ。 須賀敦子全集〈第7巻〉どんぐりのたわごと・日記 (河出文庫)作者: 須賀敦子出版社/メーカー: …

誰も知らない

|縷々| 偏屈の強情張りが、不器用なりに 差し出した手は、さっと払われた。 一度目も。二度目も。云い訳は、 言葉になる機会を与えられぬまま、 目の前で只、ぴしゃりと冷たく閉ざされた。 そもそも、云い訳は只の云い訳なのだな。 己で自身の無能を重々知りつつも、しかし それをまともに噛み締めてしまったら、 どうして笑って生きられよう。だから。 しらばっくれて、知らぬふりをすることで。 私には何か。私でなければならぬ理由が在ると、 そう想うことで、今までを過ごしてきたんだ。 あなたは…

十一月

|縷々| 冷え込んだ空気が、鼻先をつうと刺す。 朝。タートルネックの上にセーターを着て、 それから寒空を見上げて、息を吸い込む。 夜。欠けたところの無い月明りの下で、 屋根瓦や枯野が銀色に光って居た。 まるでうっすらと薄い霜に覆われて、 ぼんやり、発光して居るみたいだった。 夜の部屋の中は、静かにしんと冷え冴えて、 編み針を持つ指先が、次第にかじかんでくる。 ココアの入った青いカップを掌で包んで、 唇を縁に付けると、もう熱が薄らいで居た。 一口飲んで、ふうと息をはく。

夜風と月と金木犀

|縷々| 夜風の中に、ふんわりと。 金木犀が薄く匂う。 鼻先にうっすらと、頼り無く。 半分だけ欠けた月。 今日の憂いは、夜風に流す。

大人になっても

|映画| |縷々| 魔女の宅急便 [VHS]出版社/メーカー: ブエナ・ビスタ・ホームエンターテイメント発売日: 1997/11/21メディア: VHS購入: 1人 クリック: 52回この商品を含むブログ (38件) を見る*1 どうしてかな。 この映画がテレビでかかって居ると、必ず観てしまうんだな。 そうして観る度にきゅうとする。もう充分に歳をとった筈だのにね。 或る日、自信を無くしたこの子の魔法が弱ってしまうのと同じに、 何かのどうかした拍子で、やっぱりひどく心の弱るとき…

落ちる

|縷々| 思いだせないものがある わかっていて、はっきりと 感じられていて、思いだせない。 思いだせないのは、 ことばで言えないためだ。 細部まで覚えている。 感触までよみがえってくる。 ことばで言えなければ、 ないのではない。 それはそこにある。 ちゃんとわかっている。 だが、それが何か それがどこか、思いだせない。 思いだすことのできないもので できているのが、ひとの 人生という小さな時間なのだと思う。 思いだすことのできない空白を 埋めているものは、 たとえば、 静かな…

|縷々| 智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。 兎角に人の世は住みにくい。 って、草枕だったかな…などとぼんやり。 ふと、何処かへ行きたいなぁ、と想う。 数日ぶりの晴れ間に幾度も幾度も雨を挟んで、 ぼんやりは終わらない。切手を買いに郵便局まで 出掛けると、冷房が効き過ぎて居てひどい。 局員らは皆半袖で、どうして平気なものかしら。 雨の上がった山肌から、白い靄が立ち昇って居る。 どうせまた、程無く雨になる。 嗚呼。一日がこんなに、永い。

|縷々| 考えるに、身の廻りにまつわる日々の些細と云うのは、 おしなべて、取るに足らぬものであることが多いものだが、 取るに足らぬものであるが故、おいそれ粗末に扱っては いけない。日々の些細が日々の積み重ねとするなら、 恐らくは、後々となって物を云う。万年筆の軸を緩めて外し、 空になったコンバータへちろちろとインキを詰めながら、 ふと、そんなことを想う。 文机の抽斗の縁にうっすら、白く埃が乗って居る。 たったの一日掃除を怠っただけだのに、怠りは目に見える 形で示されて、そうや…

そして丘をおりてゆく

|縷々| |本| 伸びた爪を切るのはいつも、夜。 夜爪はいけない。親の死に目に遭えぬ。 そう云う類の迷信を頑なに信ずるには、 随分と薹が立ち過ぎただろか。 終いに、指先をふうっとやる。 ― だれでも一度は丘を降りなければならない ― 丘を見つけた人だけが、その声を聞く。 それは、再び戻ることを許された人。 自分にぴったり合う靴を履いた人。 どこまでも歩けるよに、 きっちりと足に合った靴。 約束は、永い道の途上でも寄り添う。 かけがえの無い、小さな灯のよに。 けれども私は、丘を…

途中で

|縷々| ありったけの力で走ったりときどき歩いたりしながら ずっと これで良いのに違いないこのまま進んで良いのに違いないと想って ここまで来たらきっともう大丈夫だきっともう迷わないんだと想って ふと振り返ったら ただうすぼんやりしたのがゆらゆら揺れて居るのが見えるだけでかたちも何も曖昧で あぁ何てこった ちっとも分からなくなっちゃった どうしたかったのか何をしたかったのか憶えが無い訳じゃないけれど 確かに何処かで投げ出してしまったことがあって疲れてしまったことがあって けれど…

心遠く

|縷々| 廬を結びて 人境に在り 而も車馬の喧しき無し 君に問ふ 何ぞ能く爾ると 心遠ければ 地自ら偏なり 菊を采る 東籬の下 悠然として 南山を見る 山気 日夕に佳なり 飛鳥 相与に還る 此の中に真意有り 弁ぜんと欲して 巳に言を忘る 庵を構え、人里に住まっては居ても、 家を訪れる車馬の喧しさは無い。 自問する。何故そうも静かに暮らせるのか、と。 心が世俗を遠く離れて居る故、住まう所も自然と辺鄙になるのだ。 東の垣根のもとで菊を摘み、 ゆったりとした心持ちで、南山を眺め見る…

|縷々| 生温い南風が湿っぽい雨を引っ張って来て、 やがて勢いよく、春を知らせる風となった。 つられて明日は気温も上がると聞き、 就寝前、身支度の準備に些か難儀する。 終いに、抽斗から白い長袖を一枚出して、 箪笥の上に乗せた後、傍らの猫のすうと寝息を 聞きながら、唇の乾いたところに指をあてると、 ひび割れた真ん中が、ぴりっとなる。 舌先で小さく、ちろとなめると、 錆びた鉄のよな、鈍い血の味がした。

独りの時間

|縷々| 日々の中の独りの時間。気忙しさや人びとから ふと離れて、やわらかな孤独の訪れるとき。 小さな安堵に、ほどけて、ゆるむ。 相変わらず蛍光灯を切らしたままの、 仄暗い湯船にとっぷり、浸かって居ると、 連日観て居る向田ドラマの、暮らしの欠片が順繰りに、 ぼんやり、ゆらゆらとロウソクの橙に被さる。 寝巻きの上に羽織った、銘仙の半纏。 タイル張りの流し台と、洗い桶。 台所の床下の糠床。冬の部屋の火鉢。 その上でしゅんしゅんと沸く、鉄瓶の湯。

寄る辺無き季節に

|縷々| 洗濯物を取り込んだら、靴下が一足だけ。 履き口のところが未だ、うっすら湿って居た。 空の洗濯バサミの連なって、がらんとした物干しに 靴下一足が残されて、頼り無くぶら下がって。 季節の真ん中に触れたつもりで居たけれど、 もしかすると、こうして宙ぶらりんとして、ぽつんと。 冬にぶら下がって居るだけなのかも知れない。 するりと、こぼれて、落ちる。

まどろみ

|本| |縷々| 明け方、夢を見た。 行ったことも見たことも無いけれど、 そこは、コルビュジェの 「小さな家」 で、 こじんまりした一人がけに、背中を預けて、 やわらかな光に滲んだ、白い窓を見て居た。 清潔で、静かで、心地良くて。 膝掛けの上に置いた手が、あたたかかった。 目が醒めて、朝の冷気に頬が触れる。 洗面所の蛇口をひねると、つうとする指先。 まどろみから、強引に引き抜かれた気がして、 何だか、口惜しいよな心持ちになった。 小さな家―1923作者: ル・コルビュジェ,森…

冬の寝床

|縷々| うっすら雨の気配を感じて目を覚ますと、 冬の朝は未だ明けたばかりで、鈍く身じろげば、 夜具の僅かの隙間から、つうと冷たい空気が 入り込み、鼻先に触れ、再び眠りへ戻る。 取り留めの無い、様々の断片が瞼に重なる。 くすんだ青。ニオイスミレ。剥げかかった切手。 のろのろと、うつらうつらと。 意識は遠のき、冬の寝床へ戻ってゆく。

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