双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

落ちる

|縷々|

思いだせないものがある
わかっていて、はっきりと
感じられていて、思いだせない。
思いだせないのは、
ことばで言えないためだ。
細部まで覚えている。
感触までよみがえってくる。
ことばで言えなければ、
ないのではない。
それはそこにある。
ちゃんとわかっている。
だが、それが何か
それがどこか、思いだせない。
思いだすことのできないもので
できているのが、ひとの
人生という小さな時間なのだと思う。
思いだすことのできない空白を
埋めているものは、
たとえば、
静かな夏の昼下がり、
日の光のなかに降ってくる
黄金の埃のようにうつくしいものだ。
音のない音楽のように、
手に掴むことのできないもの。
けれども、あざやかに感覚されるもの。
あるいは、澄んだ夜空の
アンタレスのように、確かなもの。
ひとの一日に必要なものは、
意義であって、
意味ではない。


長田弘の一篇の詩を、幾度も読み返しながら、
何かが満ちてくるのと同時に、それまで考えて居た
ちっぽけな疑念が、ぽとりと落っこちるのを感じた。
満ちて。また空っぽになってゆくだろか。
私は ”光の中に降ってくる黄金の埃” を見ただろか。
鳩尾の辺りに、苦い想いが疼く。

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