|徒然|
忙しかった訳でも無いのに、ひとり店を仕舞いながら何故だか急にどっと疲れが押し寄せて、危うくイガイガと嫌な気持ちになりかけたときであった。誰かにぽんと肩へ手を置かれたみたいに、いつだか知ったドトールのコピーがふと浮かんだ。
がんばる人の、がんばらない時間。 | 東京コピーライターズクラブ(TCC)
学生時代のバイト先のすぐ近くにドトールが在った。その当時、新しくできたばかりの商業地区の、間口の狭い雑居ビルの一階。休憩時間や仕事の終わった後に一人で行くことも多かったし、同じくバイト先の近い友人らと待ち合わせたり、更にはドトール勤務の友人も居たりして、あの頃の生活に欠かせない場所だった。
うなぎの寝床のよな狭くて小さな店内は、店の人の作業スペースもまたコックピット並みに狭く、人ふたりがすれ違えぬ程の限られた空間で実にてきぱき手際よく働く人たちの、無駄のない動きを観察するのが密かなたのしみでもあり、決して小ぎれいな店とは云えなかったけれど、そうした忙しさやざわめきの中にも不思議な居心地の良さが在った。
近隣の店舗に勤める店員さんたち、自分と同じよなバイト学生ら、買い物帰りのおばさん、サラリーマンの二人組。15分とか30分とか、生活の中の僅かの時間。互いに見知らぬ人同士が其々の”がんばらない時間”を共に過ごして居たのだなぁ、と今改めてしみじみ思い出す。ちなみにこの店舗自体は今も健在で、分煙スペース以外は殆ど当時と変わらぬ雰囲気のままである。
私はドトールが好きだ。変わらず良心的な価格が嬉しいし、ミラノサンドBにアイスカフェオレの組み合わせも、馬鹿の一つ覚えみたいにずっと変わらず好きだし、いつ行っても、一人でも一人じゃなくても、知って居る人が居ても居なくても。ドトールは当たり前みたいにそこに在って、いつも同じ気安さで迎え入れてくれた。ものすごく特別なサービスが在る訳でも、何かが突出して優れて居る訳でも無い。けれど店を出た後は必ず、何だかすうっと気持ちが軽くなって居る。また明日もがんばろう、と素直に思える。さり気ないけれどあっかな親しみと、心地良いざわめき。他のコーヒーチェーン店には感じることのできない、ドトールにしかない、ドトールだけのものなんだよなぁ。
私たちのこの店もまた、がんばる人ががんばらない時間を過ごす休息の場であり、がんばりたいのにがんばれなくなってしまった人や、がんばり過ぎて疲れてしまった人の避難所であると思って居る。*1かれらの背中を、気付かれないよに後ろからそっと支えられたら良い。そう云う思いでずっと続けてきたし、これからもそう在り続けたいと思って居る。そのために、わたしたちもがんばるのだ。
*1:"がんばる気のない人”のがんばらない時間は応援しません(笑)


