双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

一年の距離

|猫随想|


季節の巡るのは早いもので、剣菱嬢とも、かれこれ約一年の付き合いとなる。
捕獲云々の辛い時期を共に(?)乗り越え、気付いてみれば、あっと云う間の一年余。その間に、我々の距離は如何程となったのだろか。相変わらず触れぬし、近付けば一旦身構えるが、是は野良としての礼儀であるから、こちらも礼儀として尊重すべき事柄である。そんな彼女も近頃では、こちらの顔を見ると鳴くことを覚え、名の呼びかけにも反応するよになったし、又「小屋=おやつの場」と認識したのか、小屋の扉が開いて居れば、そろり入って来て、こないだは傍で香箱など組んで寛いで居た。おやつを摘んだ私の指先をぺろりと舐める際も、穏やかな顔をする。
勿論、是は私(とAちゃん)に限り、人間全般に対してのことでは無い。しかしながら、自己防衛と云うのだろか。猫を知り、猫への振る舞いを十分に心得て居る人間と、そうではない人間とを、実に瞬時にして見分け、己にとって脅威とならぬ者には、十分過ぎる距離をとった上で接する一方、後者のよな人間には非常に敏感で、離れた場所からでも察知し、ささと物陰に身を隠して、相手が去るまでじっと気配を消して、待つ。剣菱は賢い。賢くて、常に警戒心を忘れない。それで良いのだ。
ここへ至るまでには紆余曲折、本当に様々なことが在った。しかし、そうした末に得られた信頼は、何物にも代え難い、としみじみ想う。何故なら、動物、まして生まれながらに人を知らず、人と関わりを持たずに生きてきた動物から信頼を得ると云うのは、人間同士のそれよりも、ずっとずっと難しいのだ。彼らにとっては、命を預けることなのだから。
日が落ちると、だいぶ寒くなって来たので、気に入りの寝箱の上へ被せる覆いを、杉板の余りでちゃちゃっと拵えてやった。新たに作りなおすよか手っ取り早いし、寝箱と覆いが別の方が、何かと融通も利くだろ。周りがぐるりと囲われた上、防寒の点から、出入り口も狭く作ってあるため、案の定、当初は警戒して、なかなか入ろうとしなかったのだけれど、数日経った頃にようやっと理解したのか、ちゃんと使ってくれるよになった。どうやら閉店後は、戻って来てここで寝て居る風なので、今日からは敷物の間へカイロを忍ばせておいた。気に入ってくれたら嬉しい。
私と剣菱の、一年がかりの、こんな距離。

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