双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

小さな部屋

|縷々|

人生は ― 夜明けの列車のなかの
かなしい目覚め、たよりないひかりが
窓のそとに見えて、どこもかも痛む
からだに、肌を刺す空気のまっさらで
とげのあるメランコリーを感じること。


だが、不意の解放を思い出すのは、
なによりもいとおしい。 ぼくの
そばには若い水兵がひとり。 制服の
ブルマリンと白、そしてそとには
いちめんの色がさわやかな海。



La vita ― e ricordarsi di un risveglio
triste in un treno all'alba: aver veduto
fuori la luce incerta: aver sentito
nel corpo rotto la malinconia
vergine e aspra dell'aria pungente.


Ma ricordarsi la libetazione
improvvisa e piu dolce: a me vicino
un marinaio givane: l'azzurro
e il bianco della sua divisa, e fuori
un mare tutto fresco di colore.

サンドロ・ペンナのこの詩について、
訳した本人、須賀敦子はこう続けて居る。


『山また山のウンブリア地方の青年が、列車で目をさますと、若い水兵がとなりの座席に座っている。いつの間に乗って来たのか。水兵と隣りあわせになるなんて、山ぐにの青年にはめずらしい。これも気がつくと、列車は海辺を走っている。なにもかも、目あたらしいのだ。旅の途中だろうか。この詩集には、ヴェネツィアらしい風景をよみこんだ詩もあるけれど、この詩にかぎって、私は明るいトスカーナの海岸であってほしい。したがって海はティレニア海。小さな波いちめんに朝のひかりがあたっている。』

昨夜遅く、この辺りのくだりを読んでから
寝床にもぐった私は、夢を見た。
私がペンナのよに、列車の中で目を覚ますと、
少し離れた座席に、同じ情景が在った。
水兵の制服と同じ色をしたトスカーナの海を、
私は未だ知らないけれど、目覚めた
車窓の外には、知らない筈の海の水面を
穏やかにすべる、朝の光の粒が広がって居り、
夢の中であっても、木枠の窓にかざした掌には
確かに、仄かな温かさを感じた気がした。
鈍い気圧のゆらぎに、今度は本当に目を覚まし、
そこが海岸沿いを走る、異国の列車の中では無い
と云うことに気付かされて、小さな落胆を覚える。
でも、私はこんな薄曇りの秋に訪れる
ささやかな憂鬱が、決して嫌いではない。

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