双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

夢じゃなかった

|猫随想|


仕事の一段落した昼下がり。
昼食にカレーを食べて、ふうっと人心地つき、
裏手に干した雑巾を取り込みに行ったら、
丁度日陰で涼しいところに、剣菱嬢が寝そべって居た。
縁石に腰掛けて「おい」と話しかけると、
むっくり起き上がって、大きく伸びをした後、
ゆっくりこちらへやって来たかと思ったら、
腰掛けた私の向う脛へ、ぐいぐいっと。
小さな頭を押し付けて、胴体、尻尾と続き
くるり、向きを変えて、再びぐいぐいっと。
それがあんまりにも自然なものだから、
こちらも自然な、平らな心持ちで、お返しに
剣菱の尻尾の付け根を、背中を、そっと撫でた。
びくっともせず、飛び退いたりもせず。
そうやって幾度も、こちらの脛に体ごと擦り寄せて、
気が済んだ頃に再び、ぱたり。寝転んだ。


もしかすると、少し眠たくなった私は、
真昼の夢でも見て居るのだろか。
感激だとか、驚きだとか。
何故だか不思議と、そんな大仰な感情は起こらず、
まったく自然に。けれども、まったく不意に訪れた、
この待ちわびた触れ合いを。昼下がりの日陰で
ゆるい風に当たりながら、只、ぼんやりと心へ留めた。
まるで夢の中の出来事みたいだったけれど、
掌には、確かな。彼女の筋肉のしなやかさと、
やわらかな毛の感触が、生きて残って居た。


やがて仕事へ戻って、洗い物などして居たらば、
突然に目が覚めたみたいに、ぶわあっと
胸底から大きな感情の波が湧き上がって来て。
やっぱり、さっきの出来事は夢じゃなかった!
子供みたいに、馬鹿みたいに嬉しくなって。
なあ、剣菱。この数日の間に。
お前に如何なる心境の変化が在ったのやら、
私には分からぬけれど、それにしても、
ようやっと、ここまで来たんだねぇ。

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