双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

『ホビット 決戦のゆくえ』

|映画|



映画『ホビット 決戦のゆくえ』本予告


何だかんだと年の瀬も押し迫り、あれもこれも片付けねばならぬ中、無理矢理に都合をつけて観に行って来た。一昨年、緑溢れる平和な村で話の幕の開いたのが、早いものでもう最終章。感慨深いものである。話が進むに連れて闇の力に巻き込まれ、遂に今作では、闇の軍勢を相手取っての壮絶な戦へと雪崩れ込んでゆく。第二部からの続きである竜退治は序盤に早々方が付き、以降の殆どが”五群の合戦”に費やされる格好だもので、何処を切っても、ほぼ戦、戦、戦。尤も、この戦自体が副題(『The Battle of the Five Armies』)なのだから当然と云えよう。しかし是が緩急取り混ぜた構成の妙で、全く冗長となることが無い。二時間半が文字通りのあっと云う間で「あれ?もうエンドロールが...」と、むしろもっと観て居たかったくらい。実に見事な監督の手腕である。
手腕と云えば、本来なら出て来ない筈の人物たち。例えば、ガラドリエルやサルマン、レゴラスと云った面々。彼らのために用意されたエピソードや彼らの行いが全て”LotR”への細かな伏線となって居るのは、一部二部と同様だが、最終章での更なる巧妙な”辻褄合わせ”は実に見事で、いやはや全くすごい脚本だ。こうした点は、まさに映画ならではの愉しみであろう。主要な登場人物が矢鱈と多い作品故、其々の配分には恐らく相当頭を悩ませたであろうと想うし、誰を何処でどう削るか?或いは、誰を何処にどう加えるか?によっても、作品の出来や印象は随分と変わって来るのかも知れない。


人物の仔細な描き込みは、脚本の力だけで無しに、役者の力量も伴って意味を成す。竜を追い出して山を奪還したトーリンは、案の定、黄金財宝のまやかしに憑りつかれて、徐々に正気を失ってゆく。猜疑心と私欲とで一杯になって、目はどんより虚ろ。青白くむくんだよな顔付きなど、全く悪しき力に憑りつかれてしまった人の面相である。元々頑固で融通の利かぬドワーフの中でも筋金入りのトーリンだから、そうなったら金貨一枚たりともくれてやらぬし、約束も守らぬし、外がどうであろうと山の中に篭もって梃子でも動かぬ訳で、そんな哀れな王の姿にかつてのスロールの狂気を重ねては、ひとり物陰でむせび泣くバーリンの件、ビルボのどんぐりの件には、つい心がきゅうとなってしまう。又、高慢で自分勝手なスランドゥイル*1が戦の進むに連れ、徐々に己の感情を剥き出しにしてゆく様や、過去の傷にちょいと触れる辺りは好感が持てたし、本来在るべき風格を取り戻して、益々堂々立派になってゆくバルドと、外道っぷりとセコさとに益々磨きのかかるアルフリドの対比も面白かったな。どの人物にもちゃんと背景と人生が在る、と云うのが宜しい。
今回も今回で、囚われの身となってしまったガンダルフは、お馴染みの賢者たちによって助け出される訳だけれども、そこで誰あろう、ガラドリエル様の底力が炸裂!あんなイガイガと荒れた岩場を、涼しい顔して素足でそろそろ〜っと歩いてしまったり、傷付いたガンダルフを細腕で軽々抱き上げ、ささっと運んでしまう辺りも、流石の奥方なのである。又、五群の合戦終盤では、からすが丘の岩上にトーリンとアゾグ、その下にレゴラスとボルグ、と其々の死闘が交互に描かれ、つまり”王と王” ”王子と王子”*2の因縁対決、と云う構図となって居たのが上手かったし、死闘に果てたトーリンの傍らで、ビルボがおんおんと泣きじゃくる場面には、是が実に何とも自然なものだから、観て居るこちらまで貰い泣き。
尚、今作に於いても、最後に皆の窮地を救うのは、何処かからやって来た大鷲(と大熊=ビヨルン)である。結局、中つ国で最強なのは、魔法使いでもエルフ族でも無くて、巨大動物なのね、と(笑)。


ホビット庄のテーマ曲のあの旋律を聴けば、いつだって、あったかな暖炉と焼きたてのパン、なみなみと注がれたお茶が其処に在る。半分開いた窓から緑の風が入って来て、鳥のさえずりと、通り掛った誰かの愉快な声が聞こえる。ホビットの郷は、永遠の、心の理想郷なのだよなぁ、としみじみ想う。もう、このシリーズを待ち焦がれることが無いのは、やっぱり寂しい。しかし、ビルボの冒険は是でお終いでも、フロドの物語はここから始まってゆく。つまり、二つの物語は確かに其々の物語であるのと同時に、実は大きな一つの物語でもあるのだ。このお話を観終えたら、それは指輪の始まりへと繋がって居て、指輪の最終章は又、この序章へと戻ってゆく。六つの物語を順繰りに繋げて繰り返せば、この先もずうっと中つ国に居られるのじゃないかしら...なんて、つい、そんな戯言を考えてしまったのであったよ。

*1:立派なヘラジカに跨る姿を「素敵」と想うか「間抜け」と想うか。あれだけしれっと顔して、嫌味なくらいの優雅さでやられてしまうと、こちらとしてはもう「素敵ですね」と云う他あるまい...(笑)。

*2:まぁ、レゴラスドワーフじゃなくてエルフ王の息子だし、ボルグを王子と呼んで良いものかどうか分からんが、父は一応”穢れの王”だからな(笑)。

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