双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

蕗を炊く

|暮らし|


採って来たばかりと云う蕗を二束、頂戴した。
蕗を炊いたのは好物だが、下処理の面倒さを想い、
きれいに結わえられた、ぴんと瑞々しい茎の束を
暫しの間、只突っ立ってじいと眺め、しかし、
いつまでもそうして突っ立って居る訳にもゆかず、
大きくひとつ深呼吸、大鍋に湯を沸かす。
ぐらぐらと湧いた湯から笊に上げ、
さっと冷水に放った蕗が、透明な翡翠色となる様は、
幾度見ても美しいものだ、と想う。


母に蕗を任せると、油で炒めてから砂糖と醤油とで
甘く煮付けた濃い味になる。この辺りは大抵そうだ。
それはそれで美味しいし、良いのだけれど、
里芋を煮転がしたのや、肉じゃがなどは兎も角、
蕗に関してだけは、私は最初から出汁を使って、
薄く炊いて、あっさり仕上げるのが好きである。
煮物と云うと、知人に大層煮物の上手なMさんが居る。
味は濃い目なのに、どうしたらあんな風に照り良く、
くどくなくできるのかしら、といつだったか訊ねたら、
人寄せの多いお宅なので、大鍋で沢山拵えるのが
習慣となったのと、後は味醂の塩梅かしらね、
と云って居たけれど、手順や分量、時間のよに
明確に言葉や数字で表すことのできぬ、
その人の”勘所”みたいなものが大きいのだろうし、
ガス台だとか鍋だとか、その家で長く使われて居る
道具によっても、随分と違ってくるのかも知れない。


丁度、冷蔵庫に油揚げが在ったので、是を
小さく刻んで、一緒に炊き合わせることとした。
既に取っ手を失って久しい、ひしゃげた雪平へ出汁を張り、
爪の先を痛くしいしい、うんざりしながら筋取りして
小指ほどの長さに揃えた翡翠色の蕗と、油揚げ。
三温糖味醂を加えて落し蓋をし、くつくつと炊く。
甘みが十分に染みたら、醤油を加えて再びくつくつ。
火の傍に立ちながら、ふと祖母の伽羅蕗を想った。
父方の祖母も又、料理の上手な人であったが、
中でも伽羅蕗の煮付け方は天下一品で、
祖母が伽羅蕗を拵えると云うと、あのうんざりするよな
下処理を、相伴と引き換えに手伝わされたものだ。


蕗を一本つまんで、未だ味が足りないかしら、
と云う辺りで火を止め、上から覆い蓋をする。
そのまま冷ましてゆっくり煮汁を含ませると、
丁度良い塩梅になって、色も汚くならない。
甘辛く煮しめた茶色い伽羅蕗も良いけれど、
やはり蕗はこうして炊くのが、いちばん好きだ。

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