双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

Say goodbye and say hello

|若旦那|



チビ猫ピピンが、拙宅に暮らし始めて三日。生い立ちや境遇等々を考えれば、人馴れして新たな環境に落ち着くまでには、多少なりと時間がかかるかも知れぬなぁ、と心配して居たのだけれど、こちらの懸念など何処吹く風。拍子抜けする程の堂々とした馴染みっぷりは、着いた早々から。それが二日三日と日の経つ毎に、益々顕著となってきた。午後、餌をやりに部屋へゆけば、寝室の方から鈴の音がして、生前の爺様が好んで午後を過ごした寝台の足元のくぼみ。真ん中よりも一寸左寄りの、あの位置に、ちょこなんと香箱組んで、チビがまどろんで居たのだった。皮膚の下から細波のよな震えの上ってくるのを感じるのと同時に、目頭がじわと熱くなった。なあチビ猫。お前は一体、何処の何者か。あたかも、爺様の生前の記憶がインプットされて居る、或いは、爺様の小さなひとかけらを貰ったとでも云うよに。私、Aちゃん、この部屋の様々。どれも皆「知ってるよ」と。


「実はね。アー坊が亡くなる少し前から、アー坊にお願いして居たんだよ。」
ふと、Aちゃんが云った。アー坊が、この子ならと思うよな。アー坊の眼鏡に適う後継猫をよこしておくれね、って。嗚呼、そうか。そうだったのか。だって、どうりで、あんまり出来過ぎた話だと想ったんだ。嗚呼、こんなことが。こんなことが本当に在るのだね…。自らの始末に加えて、こんな大仕事を最後にしっかりやってのけて。爺さん、やっぱりお前は懐の深い、立派な猫であったよ。予めこうなることは決まって居て、けれども普通じゃつまらぬと、ちょいとややこしい遠回りの演出などして。粋な計らいだよ、爺さん。
当のチビは、それを知ってか知らずか。今日も今日とて、爺様が爪とぎ場として居た同じ場所で、せっせと爪をとぐ。


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さて。さすが爺様のよこしただけあって、肝っ玉の太い、賢く、手の掛からぬ子である。名が体を表すのか、はたまた体が名を表すのか。何れにせよ、性質はまさしくピピンの名の通り、ピピンそのものと云ったところ。
ただし、一つだけ悩ましい厄介事が。元々が野良であった上、Mさんの奥さんが、余程にたらふく餌を与えて居たらしく、まったくチビ猫には不釣合いな程の、立派過ぎる胴回りの持ち主なのである。焼き芋か、ソーセージか。はたまた目一杯に飯の詰まった稲荷寿司か。「え?さっきのでもう終わり?二度目の朝食は?お昼は?おやつは?」と、兎も角このまま放っておけば、確実にデブ猫まっしぐらであることは間違いないので、与える餌の量と回数をきちり決め、暫くの間は心を鬼にするつもり…。*1


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「トゥックの若旦那」と云うよりも、まだまだ坊や。



ほれ。布団干すから邪魔だ。寝てばかり居ないで、運動してこい。

*1:かあいらしい顔に似合わぬ、あの物凄いがっつきぶりは、果たして直るのだろか・・・。

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