双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

つまんねえ

|爺猫記|



爺様こと、ホビ野アーロン氏。
本日正午過ぎ、永眠。
享年十二。




爺さんが逝った。長く苦しむことも無く、静かに、穏やかに逝った。始末の良い、きれいな死に様だったと思う。
数日前からはオムツの世話となって居たのだけれど、そのオムツ姿が何ともかあいらしくて、いじらしくて。似合う似合うと云って撫でてやると、じいと人の顔見て、すうと頭を預けて眠った。昨晩も変わりなかった。いつもよりも早く寝台へ登りたそにしたので、定位置に湯たんぽを入れた寝床を整えてやって、一緒に寝た。今朝、オムツを取り替えてやった後、湯たんぽであったかく整えた改良版レグザ小屋へ寝かせ、いってきます、といつものよに仕事に出た。
昼一寸前か。今日は休みなのに暇だねぇ、と爺様の様子を見に行ったAちゃんが、程無く血相を変えて戻って来た。「ホビちゃん!爺ちゃんが大変!」店を準備中にして駆けつけると、座布団に横たわった爺様が、いつ止まるか、と云うよな長い間隔でもって、ゆっくり大きな息をして居た。「アー坊。ねえ様来たよ。」呼びかけは恐らく、もう聞こえて居らず、見開かれた目も、もう見えては居ないのだろ。ただ、ゆっくり。胸いっぱいに上下させて、ひゅうと大きく息をして。手足を伸ばして。
Aちゃんが様子を見に来たとき、爺様はドア越しの気配に、一際元気な声で「にゃー」と鳴いて呼び、抱きかかえて話し掛けて居る間も、ずっと喉をならし、尻尾を振って居たのだと云う。それがそろそろ仕事へ戻るよ、と小屋へ寝かせたところ、突然に強張ってぜいと大きく息を吸い込み、ぴんと前足を突っ張ったので、慌てて私を呼びに来たのだと云う。嗚呼、そうか。爺様は誰かが来るまで、出立を待って居たんだ。うん、もう安心して逝って良いよ。もう楽になりな。骨張った細い前足を握って、脇腹をさすりながら、私は同じことを幾度も語りかけて居た。そうして五分程が経った頃だろか。「今までありがとうね。」額をくっつけてそう云うと、それに答えるよに一つ大きく吸い込んだ直後。見開いたビー玉のよな目から、見る見る光の消えてゆくのが分かった。呻きもせず、苦しみもせず。親しい者に看取られながら、静かにきれいに、爺様は逝った。やわらかで、穏やかな顔だった。
その後、仕事に戻れば悲しみに暮れる暇も無し。急に忙しくなって、次から次へと仕事に追われて、気付いたら夕暮れ前だった。そうだ、通夜だものな。枕花買ってくるか。生憎、庭に手頃な花は見当たらず、近くの店でポンポンの小菊を買って帰った。薄い赤紫の、ポンポンの小菊。何処となく、爺様らしいよな気がした。枕花と線香と。ささやかに設えた通夜の祭壇の前、眠ったままのよな爺様が、籠の中へちんまり納まって居る。


なぁ、爺さん。アー坊。
お前が居ないだなんて。
これからもう、お前がここに居ないだなんて。
つまんねえな。つまんねえよ。


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その日の夕空は、何だかターナーの水彩画みたいだった。

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