双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

芽吹きどき事件簿:後半戦

|雑記|


ハーフタイムを挟んで、ここからが勝負の後半戦。
雨の中を一目散に走って戻って来たAちゃん。心なしか、決定的な何かを掴んだ風な薄ら笑みを浮かべて居る。道中果たして如何様であったのか!?

Aちゃんに (無理矢理) 付き添われて店を後にした小母ちゃんは、しきりに 「もう大丈夫ですから、ここで帰って頂戴。すぐ其処なんだから。そんな大ごとじゃないんだから…。」 を辻辻に繰り返す。はて。最初に大ごとだと云ったのは、一体どなたでしたかな?小母ちゃんも役者なら、Aちゃんもさすがに役者である。そうは仰ってもお客様のお身体が心配です。とか何とか云いながら、家まで無事に送り届けると云って粘り、一歩たりとも引かない。執拗なマンマークである。小母ちゃん、明らかに目的地の在る足取りでは無い風で、隙在らば何処かでAちゃんのマークを外し、追い返してしまえれば…との魂胆が見え見えなのだ。しかも、もう大丈夫だと云いながら、病院へ行くと云うのも忘れずに、じとじと陰湿なアピールである。そんな両者の茶番の攻防繰り広げられる中、お仲間としばしばお茶を飲みに来店する、見知った年配の御婦人と遭遇。「あらまぁ、こんにちは。」 「こんにちは!いつも有難う御座います!」 「こちらこそ、いつもお邪魔しちゃってねぇ。今月の末辺り、またコーラスの帰りに寄らせて頂くわね。」 小母ちゃん、住まいは ”すぐ其処” と云うが、そうなれば当然ご近所である筈のこの御婦人とは、おかしなことに一切面識が無いらしく、このやり取りの間も、只無表情に突っ立って居るだけ。怪しいことこの上無いのだ。
すぐ其処だから、もうここで良いから。いえいえ、そうはいきません。を繰り返しながら、道は ”すぐ其処” から随分と離れてゆく。かれこれ十分以上歩いた頃。不意に立ち止まった小母ちゃんが、と或る家をちらと見て 「ここなんだけど、車庫に娘の車が無いから、家に誰も居ないわ。」 と、自宅である筈だのに立ち止まりもせず、さっさか通り過ぎようとする。表札には ”O” と在る。「どなたもいらっしゃらなくても、保険証を取って来て、すぐにでもタクシーを呼ばれた方が…」 立ち止まらぬ小母ちゃんは、キッとなって「 すぐ其処の友達の家に寄って、友達に乗せていって貰うから。」 と、今度は表札に ”K” と在る家の門前まで来るも 「友達も留守みたいだから自分で病院へ行くわ。じゃあ、もう本当にここまでで…」 「でも、保険証を取ってこないといけないんじゃありませんか?どうせ私も帰り道ですから。取り合えずお宅へ戻りましょうよ。」 Aちゃんには、どうやら一つの確信が在ったのだ。云い訳も尽きたか、小母ちゃんは仕方なく是に従い、最初に覗き込んだ ”自宅” まで戻る。が、傘を畳んだり広げたり。鍵を出したり仕舞ったり。なかなか敷地内に入ろうとしないので、Aちゃんが、どうかされました?と、追い討ちをかけると、ようやくすごすごと敷地内へ。其処でようやく帰ったと想わせて、その実Aちゃんは、向かいの物陰に身を潜め、『家政婦は見た』 の市原悦子宜しく、こっそりと様子を窺って居たのであった。
さて。小母ちゃんであるが、様子をつぶさに窺って居ても、玄関の開いた音もしなければ、敷地の中を歩く音も聞こえない。つまり、家に入って居ないのだ。成る程ね。ややあって、門からすぐの車庫の陰から、小母ちゃんがきょろきょろと辺りを窺いながら出て来たではないか!其処へAちゃん、すかさず物陰からひゅんと姿を現し、遠ざかる小母ちゃんの後姿に向かって 「大丈夫ですかあぁ!お気を付けてえぇ!」 わざわざ大声で叫ぶ。小母ちゃんは一瞬 「しまった!」 と云う顔をした後、しかしながら再び不敵な面構えに戻って、傘をくるくる回しながら立ち去ったのだと云う。


「まぁ何にしろ、切り札はこっちに在るからねぇ。フフフ。」淡々と語るAちゃんだが、しかしあの小母ちゃんも相当のもんだよ、と苛立ち半分に呆れる。「それとね。道すがら云ったんだよ、小母ちゃん。明日改めてそちらへ行きます、って。どうかな、本当に来ると想う?」 「どうかなぁ。これで終われば良いけど…」 顛末を聞き届けたT君が神妙な顔して店を後にし、やがて小一時間程が過ぎた。
「例の ”O” さん宅、行ってみる?」 絶対とは決して云えぬまでも、ほぼそれに近く、あの家が小母ちゃんの虚言であることを、我々は確信して居た。小雨止まぬ中、万が一つに事実であった場合のことも考え、適当な手土産なんぞ持って ”小母ちゃんの自宅” へ向かう。さて。結論から云えば、是は全くの出鱈目であった。小母ちゃんとは一切関係の無い他所様のお宅で、続いて訪ねた ”友人の家” と云うのも、是また出鱈目。咄嗟の出任せにしては、まあまあとは想うが、やはり小母ちゃん、最後に詰めが甘かった。我々が後から訪ねるであろうなどとは、努々考えもしなかったのだろう。
是はAちゃん、値千金の同点アウェーゴールである。云うなれば、前半はあえてボールを持たせて居ただけ。小母ちゃんはそれを、自らが主導権を握って試合を運んで居ると錯覚し、我々には引いて守るだけしかできぬ、と高を括った。しかしながら、それが当初からの我々の狙いだったのであり、又、ボール・ポゼッション率が必ずしも勝敗と比例関係に在る訳では無い。まさに後半戦こそが、我々の時間であったのだ。僅かの隙をも見逃さずに、ひたすらカウンターを仕掛け続けた結果、小母ちゃんの預かり知らぬところで、しっかり同点に追い付いた格好。


いよいよ延長戦へ突入だ。

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