双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

爺さんと

|猫随想|

拙宅の猫氏、名をアーロンと云う。
性別は雄。齢、七十も半ば。
共に暮らした猫は、過去に三匹居たから、
爺様で四番目となるのだろうが、
私個人の、と云うことでなら最初の猫である。
色柄、黒を基調として腹と胸、足首、鼻筋と
其処から下が白。丁度、年中タキシードを着て
居るよなものであるから、身なりは宜しいか。
仔猫の時分からちいと風変わりなところが在り、
他の兄弟らと比べても、凡そ猫らしからぬ猫であった。
おっとりして居るのに、何処か素っ頓狂。
漂白剤の臭いが滅法好きと見え、主の手に残り香
の気配を察知するや、目の玉をかっぴらいて
手に飛びついて来るので、大変に困る。
昔、ぬくまった風呂板の上にごろごろやって、
うっとり良い気分になったところで、突然に板が外れて、
風呂桶の中に落っこちてからと云うもの、すっかりの
風呂嫌いとなった。以来、仕方が無いから櫛をかけた後、
固く絞った布巾で、ぎゅうと拭いてやって居るのだが、
この櫛をかける間は始終、小声で何やら呟きながら、
上半身を軸として、奇妙な時計回りなんぞをして居る。
主に似て貧乏性なのだろか。餌と云えば俗に云う
カリカリばかりで、缶詰はおろか、人間の口にする
ものなどにも、一切の興味が湧かぬ質らしい。*1
小柄だが病気もせず、金も手も掛からぬ猫である。
そんな爺さんであるが、共に暮らし始めてかれこれ
十年以上の年月が過ぎ、いつかの仔猫も今では疾うに
主の齢を追い越した。見目こそ随分と若く見えても、
ここ数年で日々の行動の端々に、爺さん風情が色濃い。
そもそもが膝に乗るだとか、抱かれるのが好きでは
無かったのだけれども、歳をとってからは何かと
称してひっついて来るよになった。やれ、膝を貸せ。
やれ、腹をさすれ。寝床へ入れれば入れたで、
仰向けになった主の、脇腹と腕との間にぴっちり
収まるよにして、肩口に小さな顎を乗っけて居る。
たまに涎など垂らすのは、実に止して頂きたいもの。


耳の先っちょ、額周りに増えた白髪を見ながら、
近頃ふと、爺様との別れの日のことなど考える。
あとどれだけ。共にこうして暮らせるのだろなぁ。

*1:例外:餡子。ベビースター

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