双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

蟹数匹の到来物

|雑記|


実に非生産的な一日、であった。
さめざめと雨がそぼ降り、暇に暇を持て余す。
一時なのだか三時なのだか時刻も曖昧なまま、
茶をすすり、新聞を畳み、また茶をすすり。
六月もいよいよ間近なので、億劫がって悠長に
構えても居られず、半襟を夏のに付け替えるなど。
そうこうして居ると、雨の中にチャコールグレイの
背広がちらと見えたか。知人のK氏が来るなり、云う。
「北海道から送った蟹、生きたまま明日届くぞ。」


生きたままの蟹と聞いて、先ず向田邦子を浮かべた。
『父の詫び状』 の冒頭、伊勢海老のくだり。
夜中に這い出した頂き物の伊勢海老が応接間に入って、
ピアノの足やら絨毯を滅茶苦茶にし、また別のときには、
冷蔵庫の下段に押し込めたものの、夜中にごそごそと
動く音が寝室まで聞こえる気がして、寝付かれない。


物云わぬ海老の夜更けに蠢く様を浮かべ、
墨夜の暗がりから、硬い三和土の湿った匂いが、
むうと漂ってくるよな気がしたものだった。


どうやらこちらに蟹の届くのは、昼の頃と云うし、
早速に大鍋で茹でられ、早速に食べてしまうだろうから、
あの伊勢海老のよな厄介も思案も、必要無い。
茹でたのを、そのまま食べるのが尤もか。
それとも、何か別の食べ方が良いものか。
蟹のことばかりを考えて、午後は終わった。

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