双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

掌の温度

|日々|


ここから眺める薄淡い山桜の佇まいは、山中に
ぽかりと浮かんだ、小さな島の群れのよにも見える。
実に長閑な眺めだのに、菫色した夕闇が降りて来ると
途端、おどろおどろして、ひどく幻想的な風になるのは、
知って居てもつい、ぞくりとなる。昔から、こう云うもの
には何処か。戻って来られない所へ、ひゅうと連れて
行かれる気がして、どうも落ち着かない。おっかない。
手持ち無沙汰にくすんだ空の下へ出ると、間も無く。
ひんやり涼しい風に紛れて、細い春雨の路面を湿らす
埃っぽい匂いが、うっすら漂ってきた。くん、と嗅ぐと、
雨の匂いは短く鼻腔に留まって、段々と消えてゆく。
何故だろ。この匂いは嫌いじゃない。
あと少しもすれば、季節は新緑と入れ替わる。
腕を伸ばして、ぐっと大きく伸びをした。

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