双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

境地

|雑記|


日の暮れるまでずっと、同じ仄暗さの被さったままで、
ただ、ざぶざぶと。冷え冷えと。無愛想な雨が降るだけの、
つまらない金曜。持て余すのに充分過ぎる時間は、もう
充分過ぎる程に使い果たして、一日中、殆ど一日中。
本ばかり読んで過ごした。幾らかの風も無い。
沸かした風呂に浸かると、皮一枚だけがちりとした後に、
間も無くじんわりと、湯が馴染んでくる。
昼時に入ってきた二人連れの片方の男性は、ぱっとの見目こそ
中年のおじさん風情であったのだが、良く良く見てみると、
実に同じくらいの歳頃なのだった。頭髪は気の毒な程寂しい
俗に云うところのバーコード。浅草ウィンズ辺りに見掛ける諸氏らのよな、
じじむさい、もとい。渋い鼠色のジャンパーに、同じく、
中途半端な丈のスラックスと云った服装。しかしながら、
その身なりは小ざっぱりと清潔で、体型はほっそりすらりと。
顔立ちはすこぶる綺麗に整って、何やら昔の映画俳優みたいだし、
言葉使いにしろ仕草にしろ、穏やかで上品この上無く、
その佇まいの端々から、非常に知的な人物であることが
仄かにうかがい知れる。だのに、何故だ。何故その若さで?
あぁそうか。きっと、この人は諦めたのかも知れない。
頭髪さえ除けば何一つ、非の打ち所の無い人と見えるけれど、
或るときから、頭髪に望みを失ったときから、一切。
自分の見目に拘ることを、あれこれと思案して飾ることを、
すっぱりと諦めてしまったのかも知れない。潔く。
身に付けるもので己らしさを云々…などと云うことが、
つまらなく、馬鹿らしく想えてくる程に、そしてそれは、
センスだの無頓着だのなどと云うのを超越し、実に潔く見えた。
自分に必要無いことを究極まで削ぎ落とし、この人は、
そんな境地まで到達したのだ。そうに違いない、きっと。


と、狭い湯船で、勝手阿呆な推測に膝を打つ。
つまらぬ夜。

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