双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

左様なら

|猫随想|


おまるが消えた。
あれ程ここが気に入って、すっかり居付いていたのに、
日曜の晩に忽然と姿を消したきり、一度も戻らぬまま。


火事で家を失った件の老夫婦には子供が居らず、
それ故、猫を子供のよにかわいがって居たと云うのを、
後の話で聞き、どうやら身寄りも無いらしいから、
自分たちのこれからも知れぬ身では、どのみち
猫どころでは無かろう、とのことであったため、
おまるの今後を考えてやることにしたのだが、
仔猫であれば引き取り手は数多でも、それが
老いた猫ともなると、話はなかなか難しく、
引き取り手の見付からぬまま、おまるがここに居着いて
かれこれ、一週間が経とうとして居た頃だった。
灯台元暗しと云うのか。以前飼って居た猫が
二年前に亡くなって以来、鼠が増えて困って居ると云う
親戚の工場兼事務所で、幸いにもおまるを引き取って
くれる算段がついたのだ。夜には無人となってしまうけれど、
日中は誰かしら人が居るし、お客さんも沢山出入りする。
人恋しいおまるにとっては嬉しいであろうし、
元々は住居も在った所だから、居心地だって良かろう。
それに何より、同じ市内に在って、顔を見たいと想えば
いつでも行ける距離である。それじゃ来週にでも…
などと、話を進めて居た矢先の出来事であった。


何処かへ連れてゆかれる、と何かを感じ取って姿を消したのだろか。
それとも、家の中に上げて貰って、かわいがってくれる所を、
何処か他所に見付けたのだろか。それなら良い。
ちゃんと世話して貰って、本来の家猫となって、
ぬくぬくと暖かに過ごせて居るのなら、それで良い。
それでも。たった一週間と少しだったけれど。
僅かばかりの間の繋がりだったけれど。
突然現れたときと同じに、突然居なくなってしまって。
そこに居ることが、いつの間にか当たり前になって。
お前の居ない日々は、まるで心にぽっかり穴が開いたみたいで、
やっぱり寂しいのだよ。おまる…。

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