双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

盛岡旅日記(3)

|旅|

[二日目:盛岡散策]
暖房のせいか夜中に二〜三度目が覚め、その都度、冷蔵庫から水を取り出してゴクリ飲み、眠りに戻る。朝は八時きっかり、目覚ましの鳴るよりも先に起床し、シャワーを浴びて身支度。正月でも無ければ、普段は朝風呂などしないので、しいて云えば旅先での贅沢のよなもの。朝食前に、中津川沿いをぶらり、朝の散歩。番屋〜ござ九辺りを流して、川沿いへ入る。通勤する人々に混じって、てくてく。所々に設けられた土手の階段から降りて、川岸を歩く人。それと平行して、川沿いの道をゆく人。自転車通勤の人。毎日繰り返される、川と人の日常の風景。
爽やかな朝の空気を吸い込んで、すっかり清々しい心持ちになって宿に戻り、そのまま食堂へと向うと、泊り客の殆どは、もうずっと早くに朝食を済ませたのだろう。幾人かが、のんびりと各々の朝食。トーストにサラダ、室温の牛乳、目玉焼き、スープと珈琲。注文を受けてから拵えてくれるのが、大変に有難い。窓際のテーブルでゆったり朝の食事を摂りながら、新聞に目を通す。昨日のことが在ったから、美味しい食事で始まる朝に、しみじみと感謝する。一旦部屋へ戻った後、9時45分。フロントにて街歩きの地図など貰い、いざ盛岡散策へ出立。予報では曇りだったのが、すっきりとした春晴れの散策日和。

先ずは与の字橋を渡って、紺屋町を愛宕山方面へ。とりあえず川沿いに出て、バイパス近くまで来てみた辺りで、はて。どの辺から山へ入ってゆけるのかが定かで無い。前方に、ゴム長姿で掃き掃除中のお爺さんを見付けたもので、すみませ〜ん!と訊ねたところ、どうやらすぐ其処、公民館の敷地内の「ちょっとした庭」 から近道が出て居る、とのこと。お礼を述べて、云われた通り公民館へ向うも、件の庭は四月まで閉鎖中、の看板が出て居り入ることが出来ない。たまたま外に居た職員の方に尋ねると、公民館の中へと案内され、わざわざ住宅地図まで持って来て、大変丁寧に代わりの道を教えて下さった。再びお礼を述べて、案内通りにバイパス沿いに少しゆくと、山へと伸びる遊歩道。些か急な坂道を早足で登って行くと、犬を連れた女性が散歩中。「こんにちは。」 と互いに挨拶。遠くから後姿を見たときには、てっきり40代くらいかしら?と思ったのに、近くで顔を合わせてみると、結構お歳を召した方だったので、びっくり。白髪混じりのボブヘアー。ベレー帽を斜にかむって、ざっくりと赤いストール、白いシャツにキュロットと、ちいとも嫌味で無い若々しいお洒落が、とても素敵な女性。
立派なホテルを通り過ぎ、息を大きくしながらひたすら坂を登り続けて、暫し。展望台の手前に、立原道造詩碑。雑木の木立ちの中に、ひっそりと佇んで居る。ふと足下を見やると、あっちにもこっちにも、其処彼処にどんぐり。拾って帰ろうかと思うも、皆、ちっちゃな白い芽を出して居たものだから、代わりに小さな松ぼっくりを三つ、拾ってポッケに入れた。どのくらいぼんやりして居たのだろ。はたと我に帰って道に戻り、展望台の在る広場へ向うと、丁度、幼稚園生らが郊外学習。引率の先生と会釈を交わし、一人、階段を登ったところで、眼下に盛岡の街を臨む。眩しいくらいの春の光。ポッケの中で松ぼっくりを転がしながら、ただぼんやりと、何想う訳でも無く。

山を下ってバイパスを渡り、愛宕町の住宅地。昭和の頃の文化住宅が数多く、人見知りの無い佇まいが歩き易い。住宅街を抜けたら、大通から中央通を経て暫し歩き、途中に啄木ゆかりの家などを見ながら、材木町は 『光原社』 へ。すぐ近くには大きな道路が通り、人も車も忙しないと云うのに、ここの静けさは全くそれを感じさせない。ぐるっとひととおりお店の中を廻ってから、中庭のベンチに腰掛けて、隅々まで手入れの行き届いた中庭の佇まいを、しげと眺める。こんな場所が近くに在ったら良いのになぁ。中庭の先にも幾つかの建物が在り、その向うは、とうとうと流れる北上川。一人旅と思しきバックパックの青年が、北上川をじっと眺めて居たものだから、邪魔してはいけないと、静かに立ち去る。隣接の可否館にて珈琲を頂き、再びぼんやり。凛と落ち着いた店内に暫し憩った後、再び店内へ戻ると、Aちゃんと母に小さなお土産を買い求めた。通りを挟んだお向かいは、笊や籠などを扱う 『モーリオ』。山葡萄の蔓で拵えた手提げの籠は、なかなか手の出ないお値段ではあったけれど、ご縁の出来たそのときに。
昼をまわった午後1時頃。イーハトーブ・アヴェニューを出て、少し先の 『福田パン』 まで。盛岡の人には馴染みの深い、昔から続くパン屋さんとのことであるが、見た所、近年建て直されたのだろう。今様の店構え。お昼をまわっても人の列は途絶えず、私も末尾に加わって待つ。カウンターの右端にて、好みのフィリングのコッペパンを注文し、左へずれて会計と受け取り、と云う至極シンプル且つ合理的なシステムとなって居り、ずらりと書き記された品書きから、私はピーナツクリームのと、ポテトサラダのを一つずつ。と、前の女性の注文を聞いて居たら 「一本は、ジャムバターとあんバターを半分ずつね。」 おばちゃんは、はいよと返事して、開いたコッペパンの上と下に、それぞれジャムとあんこを。なるほどねぇ、そう云うのも出来るのか・・・。それにしても、おばちゃんらのコッペを扱う手際の良さと云ったら、まるで早回しの如く。しかも作業のひとつひとつに、一切の無駄な動きが無いのだ。小三時のおやつに、と考え、二本のコッペの入った袋を受け取って店を出た。私の住まう地元にも、ここに似たよな I屋と云うパン屋が在るけれど、I屋のコッペは予めフィリングが挟まれた状態で売られて居るため、その場で注文を受けて云々、と云う訳では無いし、種類もせいぜい4種類程。それでも店構えは昔のままで風情が在り、小麦の風味の強い素朴な味も、また懐かしく滋味深い。ちなみに我が店のパンは、このI屋の食パンを使わせて頂いて居る。ちょっと余談。


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