双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

散歩とシュークリームと炬燵

|徒然| |散策|


昨日の昼過ぎ、粗かた部屋の掃除を終えて身支度。母方の祖母宅が忘年会で出払ってしまうため、一人留守する祖母の世話を夕刻より頼まれて居り、しかしそれまで時間も在ることだし、叔母への贈り物など見繕いがてら、隣り街まで出掛けることにする。思いの外、風は冷たく強く。電車を降りると辺りには、休みに入ったとあって、中高生らの姿が目に付く。
歩き易い裏道を選んで歩く。駅前から少しも離れると、殆ど人に出会わぬ界隈。確かに昼間はいつ歩いても閑散としては居るけれど、それにしたって今日は休日で、クリスマス・イヴではなかったか。街路樹の根元の空き缶だけを選んで、袋に詰めて居る腰の曲がった老人が一人。そう云えばこの辺りに、以前目星を付けて居た旅館が在った筈。さらに一本、知らぬ路地へと入ってうろうろする内、少し先の方に旅館Sの古びた看板が見えてくる。今日この日には、どうやら泊り客も無さそうに見えるが、板塀の風情や通りからちょっとだけ入った立地に、興味をそそられる。その近くにはもう一軒、旅館Kが。こちらは通り沿いだが、玄関の佇まい、表から見る客室の窓の辺りが、何とも私の好みと思う。件の計画*1実行の第一回目には、はて。どちらの宿を選んだものか。
少し戻った辺りの食堂で、手短に昼を済ませる。昼時最後の客だったと見え、私の立ち去った後には、おかみさんが昼の暖簾を下げて居た。ご馳走様。食後の珈琲を求めて、腹ごなしにさらにてくてくと。以前は確か、パチンコ店の立体駐車場の在った場所に、異様な高さのクレーン車が、にょきっと長い首を伸ばす。こんな場所に何を建てて居るのだろか。頑丈な鉄筋の組まれた骨だけの四角い箱に、幾重にも幕が張られて居る姿がやけに仰々しくて、この界隈の取り残されてうらびれた風景の中では、何だか奇妙とも滑稽とも感じられる。程無くして喫茶店Y。いつもの小父さん連の談話も、買い物帰りの小母さん連の井戸端も無く、珍しく一人客ばかりの店内は、冬の穏やかな日差しが窓辺にこぼれて、いつに無くまろやかな午後の気配に包まれて居る。窓際の席に一人腰を下ろせば、程好く手入れされたブーゲンビリアの鉢植えから、かさりと一つ、乾いた音をたてて、花の欠片が落っこちた。灰皿と珈琲を運んできたマスタアが一言。 「お砂糖もミルクも要らなかったですよね?」 ほんの時折顔を見せるだけの客が、煙草をたしなみ、珈琲には何も加えぬことを、この人はちゃんと覚えて居る。小一時間程。ただぼんやりと、深々背中を預けて憩うひととき。たったそれだけの贅沢。
叔母への贈り物を探しに行く途中、和菓子屋Iの前を通ると、クリスマスのケーキを買い求める人びとの姿が硝子越しに。ケースの中を指差す老婦人。買い物袋を下げた手に、ケーキの箱をもひとつ下げる年配の主婦。孫と手を繋いで入ってゆく小父さん。昔から変わらず、路地裏にひっそりと、派手さも無くきりりとした茶色い佇まいの、街の和菓子屋さん。私もケーキはここで…と考えたのだけれど、これからの道中と費やす時間を思って、帰りがけに、も一度立ち寄ることとした。大通りを渡って大型店へ向うも、モノだけは大量に溢れかえり、大音量の音楽が其処彼処に氾濫する反面、凡そ年の瀬とは思えぬ閑散ぶりに、何処かうら寂しさを覚えつつ、ごちゃごちゃとした若者向けの店だけが、同じくごちゃごちゃと混み合う中を通り過ぎ、叔母への膝掛けを買い求めてから、上の階の書店を暫し覗いて表へ出る。うっすら日が傾いて、薄暮と入れ替わる。そのまま暫く駅方面へと向いながら、ふとケーキをい買い忘れたことに気付いたのだけれど、今から戻るにはもう、随分と歩いてきてしまったので諦めて、不本意ながらも駅前の大型スーパーの地下で買い求めることに。案の定、殺伐とした列に並びながら、再び寂しい心持ちになってくる。予め箱に詰められたシュークリームを選んだのは、さっさとここを離れたかったからかも知れない。帰り道。拍子抜けするくらい空いた下り電車に揺られながら、シュークリームの箱の持ち手を、膝の上でぎゅっと握って居た。
午後五時を少し回った頃に祖母宅へ着くと、既にデイサービスより帰って来て居た祖母が、炬燵に入って待って居た。叔母からの伝言通り、近くの食堂に出前を注文した後、熱いお茶を淹れる。「何か買ってきたの?」「ケーキじゃ無くてシュークリームにしたよ。」風呂を掃除して湯船に湯を張って居る内に、先程の出前が届く。穏やかな心持ちで、二人炬燵で頂く晩ご飯。テレビでは北欧からのクリスマスの便りが流れ、その横の祖父の仏壇からは、細くお線香の煙が昇って居た。

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