双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

鎌倉健脚探訪記

|散策|


飲食店組合の日帰り旅行、今年は鎌倉。普段は滅多に参加せぬよな顔ぶれも、ちらほら見受けられるのは、やはり企画が良かったからだろか。何しろ、清々した秋晴れに加え、前日の雨のおかげで、塵の掃われた空気はきりりと澄み、珍しく常磐道からも首都高からも、実にくっきりと、凛々しい富士山の姿が臨めた。この上無き散策日和。途中横浜に立ち寄り、某ホテルにて昼食の後、バスは鎌倉へ。団体旅行の常故仕方は無いが、自由散策は三時間程度。早速、バスが若宮大路の郵便局横に到着するなり、Aちゃんは一路鎌倉山へ。私は小町大路を金沢街道方面へ、それぞれ出立。午後1時半。

昼をまわってうすら汗ばむ天候に、着て居たコートを脱いで手に掛け、小町大路をてくてくと。道すがら、中学生らしき修学旅行の小グループが目に付く。住宅街の小道が上り坂になったのをさらに進んでゆくと、あまり目立たぬ、小さな木の板に書かれた 「手作りクッキー」 の文字。其処から横道に入った木立ちの中に、ひっそりした佇まいの修道院が見えてくる。インターホンで用件を告げて暫し。玄関横の小窓がカタと開いて、年配の修道女の方が出て来た。一切の飾り気は無くとも、かえってそれがやさしさを滲ませる、袋入りのクッキーを数種と、箱入りのを一つ買い求め、持参した買い物袋に入れてもらう。帰り道は下り坂。途中、橋の上から写真を撮って居たらば、小学生の修学旅行グループが、もう歩くの嫌だ、など口々に愚痴をこぼしながら、へたと座り込むのが見えた。

  • もやい工藝

元来た道を引き返し、人いきれの中を縫うよにして鎌倉駅西口へ出る。市役所通りを真っ直ぐ歩いて、佐助は 「もやい工藝」 へ。途中、大勢でごった返す 「スターバックス御成町店」 を横目に、ゆるい上り坂をすたこら、短いトンネルを抜ける。ここいらまで来ると、さすがに人は疎らなもので心無しほっとする。法務局前の信号を右手に入ってゆくと、辺りはさらに静かとなる。曲がるべき横道を探し、確かこの辺りなのだけれど・・・と、民家の塀の番地札を確かめながら歩いて居ると、ひょっこり 「もやい工藝」 が現れる。門をくぐってすぐ、打ち水のされた玄関前には、手入れの行き届いた植物が青々と、大層気持ち良く、こじんまりした佇まいが、何とも云えず素敵な店だ。木造りの落ち付いた店内には、手に取ると、ざらり土の香るよな、素朴な中にも力強さの在る、実に好みの雑器の数々が並び、とくんと静かに心が鳴る。幸い他に客人は居らず、実にゆったりした心持ちで品定めすることができた。あれやこれや、時間をかけて見せて頂いた末、どんぶり大の器とご飯茶碗、湯呑を買い求めることとする。器を包むのを待つ間、店の方が椅子をすすめ、お茶を出して下さった。さり気無い心遣い。鎌倉を訪れる際に立ち寄りたい店が、また一軒増えて嬉しくなる。

満ち足りた心地で店を出て、駅へと戻る。そろそろ一息と思い、御成通り入り口の 「カフェ・ロンディーノ」 へ。懐中時計をポッケから取り出すと、時刻は午後2時50分。地元客が新聞など読みながら憩う店内の窓際からは、午後の西日が差し込んで良い塩梅。ほっと腰を下ろしてアメリカン・コーヒーをお願いするも、思いの他大きなカップに、熱々となみなみと。実に飲み甲斐の在る分量なもので、先程までのあれこれをメモに書き留めるなどしながら、合間合間に珈琲を頂いた次第。しゃきりとなって店を出る。
御成通りに観光客の姿はあまり無く、地元の人々が買い物などする姿が目立つ。差し詰め普段着の風景、と云ったところだろか。特に目的も持たず、街並みを眺めつらしながら、ぷらぷら散策することにする。年配の女性向きの洋品店。奥まった所にちらと見える、古びた洋風の建物。「くろぬま」と云う商店の佇まいに惹かれて、ふと足を止め、懐かしい風情の小さな玩具など買い求める。由比ガ浜大通りを右に、さらにてくてく。八百屋の店先で、世間話に興じるおばさんたち。何処の街にでも在る生活の匂いの隣りで、踏み切りがカンカン、夕暮れ前の江ノ電が通り過ぎる。古本屋の店先で、手刷りの絵葉書を見付けた。このまま歩いて長谷まで、と考えて居たのだけれど、丁度、和田塚駅由比ガ浜駅の真ん中辺りまで来た頃、このぶんだと恐らく無理だなぁ、と諦めて引き返すことにした。

駅に引き返すと、一気に人の密度が増す。小町通りに足を向ければ、さらに人で溢れかえって、竹下通りと見紛うばかりの混雑ぶり。鎌倉には幾度か来て居るけれど、こんなに混雑したのを見るのは初めてかも知れぬ。人波に揉まれて駄菓子屋の角を曲がり、踏み切りを渡ってしまうと、辺りは急に静かとなる。「鎌倉はちみつ園」 へ立ち寄り、みかん、りんご、しろつめ草のはちみつなど買い求める。小町通りへ戻って 「門」 へ向うも、ほぼ満席のため諦め、人ごみを避けるよにしながら裏道へ。途中道すがら、カメラ片手に独り散策、と思しき女性とすれ違う。私と似たよなものかしら、と思う。「ミルクホール」 に辿り着き、薄暗い店内に入ると、あらあら。ここもまた賑やかだ。空いて居る席へどうぞ、と促された席は、右に大層賑やかな外国人観光客の一群、左に輪をかけて賑やかなおばちゃん観光客の一群、斜め後ろに泣きじゃくる子を連れた若い主婦、と云った具合。どのみち何処に座ったとて似たよなものさ、と諦めて其処へ腰掛け、アイス・カフェ・オ・レをお願いする。申し訳ありません、と小声で恐縮するウェイトレス嬢に、やはり小声で、いえいえ、と答える。数分後、運ばれて来たのは、何故か 「温かい」 カフェ・オ・レであったのだけれども、これ以上ウェイトレス嬢を恐縮させても、何だか可哀相に思えたものだから、熱いのを黙って頂いた。煙草を一服して居る間に、右隣りの一群は去って行った。懐中時計は午後4時。そろそろ暇せねば。


集合時間の15分前に郵便局前へと戻って来ると、丁度バスが来た。他の参加者も続々と戻って来て、定刻の午後4時半に鎌倉を出立。夕暮れ刻の若宮大路をまっすぐ、バスは湘南道路へ。と、車内から大きなどよめきが起こる。目の前に現れた、橙色に染まった由比ガ浜の景色の、それは美しいことと云ったら。さらに目線をのばせば、橙色の中に浮かんだ黒い影絵のよな江ノ島の向うに、同じく影絵の富士山。

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