双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

青君の旅路

|本| |回想|

『泣いた赤おに』と云うお話。幼い時分に初めて読んでから、もう数十年の月日が過ぎたけれど、今でも時折、ふっと思い起こすことが在る。心根のやさしい赤鬼が、お茶と手作りのお菓子でもって、人間をもてなしたいと考える。実にこの「おいしいお茶とお菓子でもてなす」と云う部分に、何故だか幼い私は心惹かれたものだった。それを食べてみたい、と云うのは勿論だったろうが、決して、それだけで心を惹かれたのでは無かった。部屋をしつらえて、お茶を用意して、お菓子をこしらえる。恐らく私は、それを「喫茶店」のよなものと考えたのだと思う。だとすると、そのとき既に私の心の中には「喫茶店」に対する、うすぼんやりとした憧れが、小さく灯って居たのかも知れない。
けれど、そのこと以上に私を惹きつけたのは、彼の友人である、青鬼であったろう。青君は、村人にあらぬ噂をたてられた友人の赤君を助けるべく、自ら村で大暴れして悪役を買って出る。その甲斐在って、赤君の家には村人が絶えず訪れ、彼の念願であった、人間との交流が叶うこととなる。しかし、或る日。暫く姿を見せぬ青君が気に懸かり、青君の家を訪ねてみると、戸口には、折角、村人との交流が上手くゆくようになったのに、僕がこのままここに居たのでは、もしかするとまずいことが在るかも知れない。だから僕は暫く旅に出ようと思う。また逢えるがどうかは分からないけれど、赤君は僕の友人だ。と云った内容の文が貼られて居り、それを読んだ赤君は、独りで涙を流す。
私は思ったものだった。青君の心は大きく、あったかで、しなやかで、自分のしたことで誰かが仕合せになれたのならば、己については余計な云い訳もしない。そして、ふらりと独りで旅に出る。何にも縛られぬ青君の生き方は、孤独と向き合うことの出来る者だけに許された、自由なのではないだろか。何と素敵なことだろ、と。青君のよに生きてゆけたら、どんなにか良いだろ、と。
歳を重ねた今。私は青君に、どれだけ近付けたのか。そんなことをふと考えて、午後の頬杖の先に、旅する青君の後姿を思い描いてみる。

泣いた赤おに (小学館文庫―新撰クラシックス)

泣いた赤おに (小学館文庫―新撰クラシックス)

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