双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

三日月と金星

|本|

爪先と踵の
僅かな接着面で
地上より遠く隔てられ
靴底とのあわいに
無限の宙を懐く靴

ゆるゆると近づく台風の上陸を
放心しながら待つ、今日の一日。
やがて、配達人は雨にぬれながら、
その包みを携えやって来る。
そう、今日は鳩山郁子氏の新刊
『シューメイカー』の届く日。
発売日を過ぎて、なおも待つのは
出版社より直接届く、その本が
鳩山氏直筆のサイン入りで、加えて
私の名前を入れて下さるように、
お願いしてあったからなのです。
丁度届いた頃が、台風の接近にも拘らず
何故か存外に忙しく、はやる気持ちを
どうにかこうにか、押し留めながら
午後の落ちつきを、待たねばならぬのは
大層、気の揉めることでした。
やがて訪れた午後の静寂。
むずがゆくなりつつ、包みを開いて
美しい一冊の本を取り出せば、
新しいインクのよな匂い。
昼食は後回し、と早速読み耽る。
表題作「シューメイカー」は書き下ろしで、
しかも、その舞台となるは
1980年代、花の倫敦!!
靴造り人の頭は、モヒカン!
解剖学の天使が身に纏うは、V・ウェストウッド!
いつもの鳩山作品とは、少し趣が違って
妙に新鮮なのですが、しかしながら
宇宙、時空、鉱物、永遠性、と
奥底に流れる真髄は変わらず。
所々に、ちょっぴりお茶目な描写も織り交ぜ、
この作品が巻頭に在ると云うことで、
後に続く、重いテーマの作品の中、
ある種の、中和剤的役割を
充分に発揮しているよに、感じられます。
物語全体は、既刊の『カストラチュラ』の
外伝的性格を擁しており、双方を合わせ、
纏足の去勢歌手シャーロット・リンと、
解剖学の天使ファンディー・チュン、
そして、彼らに関わったことで
その人生を翻弄されてゆく人々の、
時間枠を越えた、一大ファンタジイなのであります。
漆黒の中に浮かび上がる美しさ。
禁断のエロティシズム。
消し去られた歴史の、栄華と暗部。
こう云う題材を作品に選んだ、
鳩山氏のその嗅覚の確かさ、その感覚に
改めて敬服致します。本当に素晴らしい。
今日も既に、数回読み返しましたが、
未だ、物語の核心には辿り着けず。
危険な魅力を、存分に孕んだこの作品。
その魅力の緊縛から、あと暫くは
とても、逃れられそにありません。
これから読む方。要注意ですぞ…。

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