双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

お嬢の帰還

|猫随想|


お嬢の失踪から進展無きまま丸十日が過ぎ、十一日目を迎えた、日曜日の朝のことであった。午前九時ニ十分、店開けの準備をして居るところへ、一本の電話が。お嬢がいつもお世話になって居るOさん宅からで、お嬢は戻って居るか?との電話であった。
私「全然手がかりも無くて、まだ戻ってきて居ないんです」
Oさん「あれ?そうなの?だって今ウチに来てるよ」

え?何、何ですとー!!

取るものも取りあえずキャリアーを引っ掴み、少し先のOさん宅まで走って向かうと、小父さんがこっちこっちと手を振って居た。私の到着までに何処かへ行ってしまっては、とオヤツで引き留めてくれて居たらしい。見たところケガも無く無事である。
「クロたん*1、無事で帰って来て良かったねえ。良かった良かった」小父さんも小母さんも目に涙を浮かべて、まるで自分たちの猫のよに心底心配してくれて居たのだった。近所の捜索を手伝ってくれたり、もう感謝しかない。お礼は後程改めるとして一先ず、お嬢を連れて店へ帰った。

連れ帰ったお嬢を確認すると、鼻先に何かにつつかれたよな傷跡が在る他は、特に外傷は見られず。ただ、軽い脱水状態であったのと、目方が減って随分と軽くなってしまったくらいか。健康状態に問題はなさそうで一安心。その後は、出勤してきた母とAちゃんとの再会劇在り、心配してくれたお客さん方とのやり取り在り。ポスターをお願いしたお店へ報告して剥がして来て、逸走情報の掲載をお願いした役所と、掲載予定だったタウン誌へは、何れも日曜で休みだったので取り急ぎメールで連絡し、声掛けしたご近所にも報告。仕事とあれやこれやで、全くしみじみとする間も無く慌ただしく時間が過ぎてゆき、ようやっとしみじみできたのは、店も落ち着き、帰還にまつわるあれこれも一段落した遅い夕刻の頃であった。

珈琲を淹れ、窓辺を見やる。いつも居るべき場所に居る筈の、だのに居なかった存在が、今はこうしてちゃんと居る。ここに居る。いつもと変わらぬことの、その当たり前過ぎる様は、当たり前過ぎるが故に何でもないよに見えてしまうのだけれど、実はそう云うものが、そう云うものこそがかけがえのないもので、案外容易に在る訳ではないのだと感じ入る。ほんの少しの日常を取り戻したことで、余程に安堵したのか、馴染んだ籠の中へ丸まって昏々と眠るお嬢の、饅頭のよな小さい頭を見ながら、幾度も静かにかみしめながらそんなことを考えて居た。お嬢の安堵はこちらへも伝わって、じんわりと満ちた。

十日間の不在は想像以上にしんどかったし、失踪の謎は相変わらず残ったままだけれど、兎に角、お嬢が無事に戻って来られた。当たり前の大切さを改めて知ることができた。それだけで充分の気がして居る。

*1:Oさん宅ではそう呼ばれている(笑)。

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