双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

続・お嬢の失踪

|猫随想|


お外っ子お嬢の失踪から、何ら手掛かりの得られぬままに一週間が経過した。この間、日々の捜索は勿論、聞き込みや声掛けをし、近隣の店舗にチラシを貼って貰い、役所に届け出るなど、出来る限りの手を尽くして情報を待って居る。失踪前後の防犯カメラを確認したところ、お嬢の姿を最後に確認できたのは、水曜の夜10時40分頃。寝箱へ向かったと思しき姿で、その後、翌日九時過ぎに私が出勤するまでの間、(新聞配達のカブ以外に) お嬢の姿も不審なものも映っては居なかった。*1
しかし、考えれば考えるほど不可思議でならないのは、この失踪が、まるで神隠しとしか思えぬよな有様だからで、何の痕跡も無く、見た人も全く居らず、いつもと異なる何かしらの異変も、不規則性も見当たらず、兎に角、変わらぬ日常の中からお嬢の姿だけが、ぽっかりと無くなってしまった、とそんな具合なのだった。
もしかすると、あんまりにもかあいいので神様が連れていってしまったのか。鼠を追いかけて入った藪の中に異世界へのトンネルが在って、そこをくぐって行ってしまったのか。或いは、お嬢は実はかぐや姫で、道路を渡った先の竹林からお月さんへ帰ってしまったのか...。我ながら馬鹿みたいと思うけれど、その消え方があまりにも忽然として唐突で不可解で、もうそんな風にしか考えられないのである。
思えばお嬢は、現れた時も突然だったな。九年前の丁度今頃の時期だ、或る日ひょっこり我々の前に現れて、投げたソーセージの一切れをきっかけに日参するよになって。それからの紆余曲折すったもんだを経て、今に至る訳だけれど、あのすったもんだがついこないだのことのよな気がするし、あれからもうそんなに経ったのかとも思う。
お嬢に会うのを愉しみに来て下さるお客さんも多く、失踪を知ると皆思いの外心配してくれた。本当に有難いことだ。大丈夫、うちなんか二十日くらいかかったよ、と云う人。やっぱり突然居なくなってしまって、もう諦めてたんだけど、それから八か月以上もかかってぼろぼろになって帰って来たのよ、と云う人。タブレットに描いたと云うお嬢のイラストを、わざわざプリントして届けてくれた女の子。色んな人が皆其々に其々の心で、お嬢の不在を想って居る。

この一週間は、お嬢との日々を思い返しながら、努めて平常心を装いつつ仕事をし、そして夜になってふっと気が抜けると、ついお嬢の居た場所へ、そこへ在るべき筈のお嬢の姿を探してしまう。風呂の蓋の上に居たノラを思い出して辛いから風呂に入れなかった百閒先生の気持ちが、今は痛いほどに理解できる。*2

*1:カメラの画角からしか判断できないが、道路を渡って向こう側へ行った様子は確認できなかった。とは云え、捜索範囲には道路の向こう側も入れて居る。

*2:私はさすがに風呂へは入って居ます。

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