双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

春の暴挙

|雑記|


早朝にざあと雨が降って止み、程無く空気が妙に暖かくなった。
暦も三月だ。いよいよ春となるか。
店へ出て、開店の支度をしながら、ふと窓の外を見やると、
南の方へ山全体を広く覆う格好で、春霞がかかって居る。
春霞……否、違う。一見似た風だが、全く異質なもの。
それは仄かに黄色がかった煙のよで、嫌な感じの重量感を持ち、
幾つもの塊となって風に流されてゆく。辺り一帯にぶ厚くたちこめて
すっかり視界を遮る様は、さながら大掛かりな煙幕と云った風。
嗚呼。紛れもなく、こいつはスギ花粉による仕業なのであった。

とは云え、今回のは明らかに例年の比に非ず。
ド派手な煙幕か、或いは砂漠の砂嵐かと云うくらいの、
まるで風景をべったりと覆い隠す程の凄まじさである。
ここへ来て二十年以上経つが、こんなのは初めて見た。
全く尋常ではない。正気の沙汰ではない。
只もう呆気にとられ、途方に暮れるばかりで成すすべ無く、
一目見ただけで全ての気力が削がれ、しゅるると萎えてゆく。
目は無情にワンダユウと化し、絶望的な無力感だけが残される。
何なのだ、この暴挙、この様は。

午後、夕刻近くになって急に風向きが変わった。
西寄りの南風を押しのけ、冷たい北風が温んだ空気を切り裂くと、
様子が一変。黄色く分厚い煙で覆われて居た景色の中から、
さあと山の輪郭が浮かび上がり、半時もすると視界が晴れて、
すっかり覆いが払われた。と、安堵するも束の間。
この北風はいよいよ勢いづいて、案の定の暴風となって荒れ狂った。
一難が去っても、次の一難と変わるだけのこと。
やれやれ、是だから春ってのはさ。

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