双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

四十の私へ贈る

|縷々|

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました


初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落がはじまるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました


私はどきんとし
そして深く悟りました


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと......
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


-------------------------------茨木のり子 『汲む』−


九の坂、苦の坂を越えて不惑を迎え、
是でようやく、いっぱしの大人となれたのだろか。
自分の靴を履いて、何事にも惑わぬよに。
健康に因業に。
四十路を歩きたいものと想う。

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