双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

遠き山に日は落ちて

|戯言|


南に面した二階の窓に、今年こそは蔓植物を仕立てる算段で、ネットだのポールだの苗だのを一揃い買い求めてきた。折りしも世は、夏季に生じるとされる電力不足へ向け、節電のための様々な対策を講じて居る只中。だからと云って、別段それに乗っかった訳でも無いのだが、何しろこの建屋二階の夏場の暑さと云ったら、それはもう酷いもので、予てより何とかせねばなるまいなぁ、と画策を巡らせ機を窺って居たところへ、お上の御達しが丁度重なった恰好。しかしながら是を実行するにあたっては、建屋の構造上難儀な点に事欠かず、それが今の今までじくじくと腰の上がらなかった所以である。
先ず、蔓を誘引するためのネットを取り付ける作業であるが、縦に細長い上げ下げ式の小窓故、ここから作業を行うことはほぼ不可能。ならば如何様にすれば良いか。一旦屋根の上へ出て、そこから窓辺に据え付けの花台へよいこらとよじ登り、其処を足掛かりに、窓枠の上部に螺子式のフックを左右二箇所取り付けたところへ、予めポールに結わえておいたネットを固定する、と云う方法。しかし、建屋内部から屋根へ出られるよな開口部は無いので、アプローチの手段は長梯子だ。早い話が高所作業。家業の鳶職みたいなものである。
さて。果たしてこの任務に臨むのは私自身、と云うより、そもそもが私の他には誰一人、端からやる気が無い。我が女性陣二名ときたら、こうした作業に関しては一切、常日頃より無関心を貫いて居り、実に螺子のひとつも外さぬ徹底ぶりである。これは設備の取り付けであるとか、オーディオの配線や操作、サイフォン用のガステーブルの分解掃除など。所謂”男手仕事”の類全般に概ね共通する。つい先日も、吹き抜け部の棚板の上に置いたスピーカが、相変わらず続く余震によって落下するのを防ぐため、棚板の横幅一杯に1.5センチ角程度の角材を取り付けた次第なのだが、それまでは一先ずビニルの梱包材で包んだスピーカを、その上からガムテープで棚板へ固定すると云う、行った私自身、どうにも許し難い応急処置で凌いで居た訳で、しかしながら、日々それを幾度と目にする内に、「止むを得ず」などと云う常套句の元、そこへ甘んじて居る事実にいよいよ耐え難くなってきて、韋駄天の如く材料を求めに走ったのであった。棚板の幅と同じ長さに角材を切断し、強力タイプの両面テープでもって、是を固定するだけのことであるから、吹き抜けに位置する幅の狭い棚板へ乗っかること以外、作業自体にどうと云うことは無いのだが、それまで取り掛からずに居たのは、単に気乗りがしなかっただけのことで、要は怠慢に他ならない。この作業の間の女性陣はと云えば、やれやれと呆れ顔して「せいぜい落ちないでよねー。」と云った具合である。
蔓植物計画へ話を戻そう。実際の作業に関して云えば、凡そ前述の通り。ただし据え付けの花台(幅140センチ、奥行き30センチ程)は、足場とするには予想以上に窮屈で、そこへ立つと云うと如何せん体勢が安定せず、螺子を回すのに力が入り難くて少々梃子摺るも、上手く体を捻って体勢を保つことを覚え、窓は全部で三箇所在るので残りも同様に済ませて、ようやっと屋根を下り、最後に苗を植え込んだプランタを室内の小窓から運び入れた。小雨の中に全ての作業の首尾良く終了した旨を報告。半ばぐったりしながらも、不精が災いし手付かずに在った仕事がようやく片付いて、実に清々とした心持ちである。しかしそこで待って居るのが労いに無いのは、うすうす承知済みである。「何でまたこんな日に。滑って落ちたら元も子もないよねぇ。」「ちょっとー、汚れたままで入らないでよ!」曰く、どうせ放っておいたって、痺れを切らしたホビさんが自分でやるんでしょ、と。確かにその通りではあるのだが、おい、諸君。私が居なくなったら、器具の分解掃除を。オーディオ機器のメンテナンスを。配線を。棚付けを。FAXのインクリボン交換を。什器の組み立てを。緩んだ螺子締めを。蝶番の直しを。屋上のアンテナ調整を、いったい誰がやるのだ?
ま、何にしろ。人其々決まった役割が在るってのは、良いことなのかも知れぬ。

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