双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。

|本| |雑記|


新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)

新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)


お盆の情緒に心を寄せつつも、其処から遠ざかって久しい。
今年は父方の祖父の新盆であったから、手伝いに一日だけ店を
閉めたけれど、そこは新盆だけに、日がな接客にお勝手仕事にと忙しく、
葦簀の陰。縁側へ寝そべって、風鈴の音を耳に文庫本…*1などと、
悠長にのんびり過ごせる筈も無かったし、次の日から店を開ければ、
盆休みの帰省客や季節柄訪れる一見さんの来店など、一日気忙しい。
四季折々の情緒に浸る愉しみは、とっくに諦めて居るが、人一倍
そんなものが好きなくせに、何とも因果な生業か、とは時々想う。
店を仕舞って部屋へ帰り、ぬるい風呂に浸かる。何だか物寂しい。
迎え灯。送り灯。供物の野菜に、線香の匂い。何処かの川には
小さな灯篭が、ゆらゆら連なって浮かんで居るかしら。
嗚呼、そう云えば。昼間、打ち水の途中で感じたのは、紛れも無い
秋の気配。空には季節外れの鰯雲が散り散りに、風には夏の匂いが
薄かった。あれは確かに、八月の形をした秋の気配だったな。
頬の中程まで湯船に沈まって、ぼんやり、独り言つ。
私がお盆を好きなのは、もうこの世に居ない人が、年に一度。
その時期だけ過ごしに帰って来て、そうしてまた去ってゆく。
そう云う、何ともふくよかで柔らかな、寛容な在り様なのだと想う。
逝ってしまったらお終い、なのでは無い。こちらとあちら。
一切をぷつりと切り離すこと無く、何処かに緩い個所を残したまま、
其処へ季節の情緒と重ね合わせる。年に一度きり、朧に繋がる数日。
あの人もこの人も皆、帰ってきて。また灯に送られて去ってゆく。
お盆、か。
こうして季節の佇まいを紡ぎながら、もう居なくなってしまった人へ、
想いを馳せ重ねることのできるのは、しみじみ素敵なことと想う。


珍しく長い風呂から上がって、ふと 『銀河鉄道の夜』 を手に取る。
ねえ。君の見たものはいったい、何だったのだと想う?
そしてこれから君は、何処へ行こうとして居るのだろ。
夏も今頃になるとこのお話に心の向くのは、きっと。
お盆の川面に浮かぶ小さな灯篭の、儚くて美しくて、もの哀しい。
あの情景と何だか似て居るよな気がするから、なのかも知れない。
儚げに川面をたゆたいながら、海へ出て。覆いはすぐにでも波に溶け、
木片は永い間に小さく削れて、やがて消えて無くなるだろ。
灯篭の形をしたものは短く消えてしまっても、果て無く続く
暗い夜の海原には、形を持たぬ無数の灯が、もの哀しくも美しく
漂って居るのだと、そんな風に想う。波間に消えたところからは、
形や時間枠のよな際限の一切無い、果ての無い、大きな海原へ
静かに続いて居るのだ、と。私はそんな風に想うのだ。
彼らの乗った汽車の星空が、そうであるよに。



|音|


Elliott Smith

Elliott Smith

そしてこの人も。また、小さな灯に送られてゆくのかな。

*1:実家に縁側は無いのだけれど(笑)。

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