双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

茶菓子の味

|本|


日日雑記 (中公文庫)

日日雑記 (中公文庫)


ここ二日ばかりの場違いな陽気に、ついうっかりと
性根の温んだところへ、そら!阿呆が見たか!と
意地悪く嘲笑うかのよな北風が、暴々荒れ狂っては
屋根に壁にと、所構わず叩き付ける、春の夜。
老猫と二人。布団に潜り、苛々身じろぎながら、
まんじりともせぬまま、虚ろな朝を迎えた。
俄か春と共にのこのこやって来た、花粉の奴めが
さらなる虚ろを誘い、鼻から上全部が、不恰好に膨れた
鬱陶しい風船みたいに感ぜられて、もやもやとする。
湿ったハンケチ握ったまま、かぺかぺの鼻の下を
始終気に掛けたまま、こうして力無く一日を過ごすのは、
何とも救い難く、如何にも気が晴れぬと云うので、
『日日雑記』 など本棚から引っ張り出して、
午後の茶菓子をつまみながら、読むこととした。


百合子さんの話で好きなのは、食べ物の話だろか。
中でも、不味いものの話が、特に好きなのだけれど、
何処で食べた何が、どんな風に不味かったのかが、
淡々と記号のよにして綴られて居るのが、感情を
ふんだんに交えて語られるよりも、かえって、
しみじみとした可笑しみを、じんわり感じさせるのだなぁ。
同じよにして綴られる、男、女、老人など。
持ちものだの、服装、話し振りと云った、名も無き
市井の人びとの細かな描写なんかに、何故だかその人の
人生まで垣間見た気がして、ニヤニヤクスリとして居ると、
無防備に間の抜けた具合のところで、突然に
どきりとさせられたり、不意に首の後ろの辺りを、
生温いこんにゃくみたいなもので、ぬらりとやられたよな、
何とも居えぬ不安な心地にさせられたりするから、
やっぱり、百合子さんは凄い人だなぁ、と想う。

<