双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

沖縄再訪(4)

|旅| |写眞館|


牧志界隈〜帰途


旅先でしばしば訪れる思いがけぬ出会いと云うのは、後に忘れ難いものである。


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桜坂の辺りから牧志の商店街へ。



市場中央通りを中心に、縦横網の目のよに張り巡らされた大小様々の商店街は、其々に表情も客層も異なるのが興味深い。そして、それら商店街同士も無数の抜け道やら、すーじぐゎで繋がって居るから、まさしく巨大な迷路である。しかし、自ら迷うもまた愉し。


               ◆◆◆


と或る店の前で写真を一枚撮り終え、さて。ここから何処へ進もうかしら、と腕組みしいしい思案して居るところへ、背後から声を掛けられた。「それはフィルムのカメラなの?」振り返ると、眉毛の立派な小柄な小父さんが一人立って居た。「あ、いえ。見た目はそうなのですが、デジタルのカメラなんです。」良いねぇ、それ。私のは大きいから、首から下げてると疲れてしまうよ。小父さん、どうやらカメラが好きなのらしい。旅行?いつまで居るの?実はこの後、夕方には帰ります。「そう。あなたはこう云う場所を撮って回ってるの?もし時間が在るのなら、案内してあげるから一寸私に付いて来なさい。もうすぐ無くなってしまう場所だからさ。」もうすぐ無くなる場所って、何のことだろ。小父さんはさっと前に出ると、すたすた歩いてゆく。どうしよう。この小父さん、妙な人には見えないけれど・・・。会った早々に話も唐突だもので一瞬考えてしまったものの、何やらぴぴっと予感が働いて、結局は小父さんの後をついて行くこととした。


               ◆◆◆


地元の買い物客で賑わう一角は、鮮やかな色が溢れる。


え??


金物屋の店先に、どんなに近付こうが、全く微動だにしない大物さんを発見。この水切りカゴが、丁度収まりの良い大きささったんだねぇ。


               ◆◆◆


未だ見たことの無い商店街へ入り、きょろきょろと余所見をするうちに、途中でふと小父さんの姿を見失う。あれ?と思って居ると、少し先の惣菜店からひょいっと顔を出して戻って来た小父さんの手には、小さな白いビニル袋がぶら下がって居た。「是、紅芋のきんとん。帰りの飛行機の中ででも食べなさい。」「え〜!そんな申し訳ないです!」我々が普段に食べるやつだからさ、遠慮などしないで持って行きなさい。他所の土地で見ず知らずの人から受ける、屈託の無いささやかな好意。何だか一寸胸が詰まって、たとい一瞬であっても、一度は身構えた自分がひどく情けなくなった。
程無くして小さな商店街を抜けると、地味な街並みの通りへと出た。小父さんの云った”もうすぐ無くなる場所”とは、この辺りなのらしい。「再開発と云うやつさ。ここも決まってしまったからね。今見ておかねば、次に来たときには、もう見られないかも知れないよ。」そう云えば、安里の辺りにも開発が及んで居たし、おもろまちの駅の周りなんて、どんどん開発が進んで居て、ぴかぴかの無機質で人工的な街が広がって居たな。荷下ろし中のトラックを避けながら暫し進むと、すぐ先に『農連中央市場』と書かれた建屋が見えてきて、小父さん、入り口を指差す。中へと入るも、所々に蛍光灯の付いた薄暗い市場は、がらんと人っ気が無い。「ここは朝が早いからさ。」トタンと材木と。まるで終戦間も無しの頃のバラック風情である。小父さんと一緒に奥へ奥へと進めば、シートを広げた上で、せっせと旧正月のお飾りを拵えるおばあたちの姿や、明日の準備だろか、手際良く野菜を束ねるお母さんたち。その一角に、運搬用のケースの上へコンパネを乗せたテーブルが、でんと置かれ、お母さんがゆんたく中。小父さんは、そこで足を止め「お客さんだよ〜。」 そうして何処かから、背もたれの壊れた事務椅子を引っ張り出してきて、まぁ座りなさい、と云う。
先程小父さんに買って頂いた、紅芋のきんとんを割り箸でつまみながら、ゆんたくへ交ぜて貰う。おばあ、お母さん方はのんびりとお喋りしながらも、何かしら手を動かして居る。何れの手も働き者の手である。ねーねーは何処から来たの?震災はどうだったね?等々。地元の人びと同士の話の幾つかは、殆ど聞き取れなかったけれど、のんびりした愉しい時間を過ごさせて頂き、ゆんたくが終わるのと同時に、私と小父さんも市場を後にすることとした。「気を付けて帰りなさいねぇ。またおいで〜。」お茶を振舞って下さったお母さんにお礼を述べ、再び歩き出す。市場の裏手に、お世辞にも川とは呼べぬよな小さな川が在り、その脇にはシャッターの下りた、背の低い小屋が長屋状にずらと並んで居て、何だか東南アジアの水上マーケットみたいな風景。この辺りに居ると国籍も時代も曖昧となってくる。けれどこの風景も、小父さんの話だと、じきに再開発によってこの世から消えてゆくのだ。と、道中でも市場でも、お話を伺う(聞き取る)のに夢中で、肝心の写真を幾らも撮って居なかったことに気付くも、時既に遅し。

                      
               ◆◆◆


農連中央市場にて。

「こうやって見てると、沖縄では女の人しか働いて居ないように見えるなぁ。でも、男の人もちゃんと働いてるのさ。」とは小父さん談(笑)。



飾らない笑顔の素敵なお母さん。写真撮らせて下さいな、って云ったら「あらやだ〜」って。


               ◆◆◆



「未だ時間が在るなら、まちぐゎーとか、すーじぐゎーとか案内しようね。」予定とは呼べぬまでも、喫茶店など寄りたい所が幾つか在ったのだけれど、折角の小父さんの親切を断るのが、何となく心苦しくて、是非お願いすることとした。小父さんはすいすいと、自由自在に網の目の中を進んでゆく。きっとこの人の頭の中には、如何なる道、如何なる店の位置であろうと、正確に詳細にインプットされて居るのだ。てんぷらと呼ばれる祝菓子(?)の盛りカゴだの、旧正月のお飾りだの、見慣れぬ野菜、肉の部位。道々、沖縄ならではの品物を店先に見付けては、ひとつひとつ丁寧に説明して下さる。何処の辺りであったか。表札屋と思しき店の店先に『石敢當』と書かれた、石の札を発見。そうそう、是。こちらへ来てから、あちこちで目にするものだから、一体何なのだろ?と気になって居たのだ。



石敢當』(と猫)
    ↓



小父さんに尋ねたところ、この『石敢當』(”いしがんとう”と読むらしい)と云うのは元々、中国の方から入って来た風習で、所謂魔除けの類なのだとか。嗚呼、良かった。帰る日になってようやっと腑に落ちた。又暫く歩いてゆくと、小父さんは途中の露店で足を止め、月桃の葉に包んで蒸した、黒糖餅のおやつをひょいっと買ってよこした。「そんな、先程きんとんも買って下さったのに・・・。」「観光で来たらな、大概はこう云うものを知らないで帰ってしまうからさ。食べなさい食べなさい。」月桃の葉の、何処かお線香のよな香りがお餅にも移って居る。慣れないので手がべたべたになって苦笑いして居たら、お店のお母さんが「これで洗えば良いよ。」とペットボトルから水を注いでくれた。このお母さんとも、どうやら顔見知りのようだ。それにしてもこの小父さんは、一体何者なのだろ。こうした多くの店のお母さんやおばあたちが、この小父さんに挨拶するのだ。「あれ、もう集金だったぁ?」「違う違う。」集金?聞けば小父さん、この一角の商店の地代を集金して居ると云う。「集金ね。他にもアパートも在るし、駐車場も在るな。でもまぁ、こうして毎日この辺をぶらぶらするのが、私の仕事。」のらりくらりとかわされてしまったが、どうやら小父さんは、あちこちに土地やアパートを貸して居る風である。だとしたら、結構な土地持ちなのかしら・・・。その矢先、向うから歩いてきた威勢の良いお母さんが、小父さんに挨拶。少し行ったところで小父さんが云う。「さっきの女の人ね、幾つに見えた?」ええと、私の母と同じかそこいらに見えたので、六十代半ばくらい・・・?「いやいや〜。あの人は今年で八十さ〜。」「!!!」いやはや、恐れ入る。



               ◆◆◆               


牧志の公設市場の中を抜ける。

と或る肉屋で、こちらで食べる豚肉がとても美味しい訳を尋ねたところ、にーにー、豪快にアバラ肉をチョップする手を休めて曰く「うーん、そうねぇ。きっとストレスが少ないからじゃない?気候は温暖だし、沖縄の豚も沖縄の人と同じで、のんびり暮らしてるからさ。」 成る程、と納得。


               ◆◆◆



抜け道とも呼べぬよな建物と建物の間から入って、牧志の公設市場の中を歩き、肉屋。魚屋。乾物屋。小父さんの解説を聞きながら、店の人の相次ぐ試食攻撃にお腹が一杯となって困る。「ねーねー。ここに来るときは、お腹空かせてなきゃだめよ。」そうこうするうちに、そろそろ良い頃合の時間となってきた。小父さんはこの後、県庁の先の方へ用事が在るから、途中まで送って下さると云う。国際通りへ出ると、辺りは途端に様変わりする。大きな買い物袋を幾つも抱えた修学旅行生。芸能人を見掛けて、きゃあきゃあする女の子たち。大きなファッションビル。巨大な広告。ついさっきまで居た場所とは、何だかまるで別の世界みたい。「こう云う場所はさ、いつでも見られるけど、街の奥の方までは、観光の人は普通は行かないからさ。」「ええ、本当に。」途中、消防車が一台。ビルの前に止まって居るのが見えた。すると車中の消防士の一人が、小父さんに手を振って居る。何と、小父さんは消防士とも顔見知りなのか。「ああ、一昨年まで勤めてて定年退職してね。でも私は火を消す方じゃなくて、機械関係の方。」え?元・公務員?ふうむ、益々不思議な人である。

やがて大きな通りの交差する県庁前までやってくると、小父さんは反対側を指差した。「それじゃ、私はこっちへ行くから。くれぐれも気を付けて帰りなさいね。」「あの、色々と親切にして下さって案内して下さって、もう何と云ったら良いか・・・。本当に有難う御座いました。」そんなのは気にしなくて良いからさ。また何処かで会ったらその時なぁ。小父さんは青になったばかりの横断歩道を渡って、すたすたと歩いて去って行った。私はその後姿に頭を下げ、小父さんに会えたことへ心から感謝した。そう云えば、互いに名前も名乗りはしなかったけれど、今の今まで気付きもしなかったな。様々な要素が一度に全部重ならないと訪れないからこそ、出会いって本当に不思議で面白い。




国際通りから一寸入った公園で、一休み。


集合時間までは未だ半時以上在ったので、少し入った裏通りの公園にて一服。ぼんやり木陰に憩って居たら、公園の前に喫茶店を見付けた。最後に美味しい珈琲が飲みたいな。扉を開けて卓についたら珈琲をお願いする。窓際の二人組みの小母さんたちは、見たところ買い物帰りのよで、ケーキをつつきながらお喋り。ふうっと人心地つきながら最後の時間を過ごした後、集合時刻十分前に県庁前へ行くと、既にバスは迎えに来て居り、他の自由散策組もとっくに乗車済み。たった一人、私だけが悠長にして居た訳だ。そうしてバスは那覇空港まで皆を運び、羽田行きの飛行機に乗っかった我々は、其々に荷物と想い出とを携えて、無事帰路に就いたのであった。


お終い。

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