双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

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店仕舞いの後で

|縷々| 店を仕舞い、仕事を終えた後。 しばしば誰も居らぬ店内に、 独り腰掛けて、珈琲を飲む。 或るときは、角の卓に。 或るときは、窓際の卓に。 只ぼんやりすることも在れば、 本の続きを読むことも在る。 ほんの十分かそこいらだけれど、 そうして腰掛けて珈琲を飲んで居ると、 灯りの塩梅はどうかしら、とか 壁との間隔はどうかしら、とか。 何かしらの事柄に気付くことも在って、 そんなときは、一寸だけ手直ししたりする。 あんまりにも些細なことだから、きっと お客さんは気付かぬかも知れ…

倦怠

|縷々| 昨日の雨の残した湿気の所為で、 首から肩が重く、 どんよりとした眠気が纏わりついて離れない。 今日を包囲する、気圧の揺らぎと、ひずみ。 こんな日の単調さは、 一分、一時間を幾倍にも引き伸ばし、 こちらは只、それがのろのろと過ぎてゆくのを 受身で待つばかりだ。 たとい望まずとも。 退屈は嫌いじゃないけれど、 倦怠はひどく耐え難い。

人と人

|縷々| 忙しくて疲れて余裕の無いとき。 人は人に対してしばしば気遣いを欠き、 それを受けた側も、相手の事情を頭では 分かって居っても、つい返事に剣を含ませてしまう。 こんなとき、自らの未熟を悔やむのと同時に 人と云う生き物の、複雑な出来の悪さをも痛感する。

R.I.P.

|縷々| フィリップ・シーモア・ホフマン、逝く。享年四十六。 時折神様は、こう云う人を突然に連れて行ってしまう。 その死にざまが、何だかひどく芝居がかって居て、 もしかしたら彼の人生は、神様の作った 映画の中の劇中劇だったのかも知れないな、 なんて、感傷的なことを想ってしまった。 どちらが映画の幕を下ろしたのだろ。 ケイデンよりもずっと早急で、あんまりにも唐突な "Fin"。"おしまい"。 Jon Brion-Little Person きっと私たちの人生だって劇中劇で、 皆…

Coffee Blues

|縷々| 時折来店するお嬢さんが居る。数年前は高校生であったから、歳の頃二十歳になるかならぬかの学生さんか。とても物静かで繊細な感じのお嬢さんで、ぱっと見には分からないのだけれど、恐らく片方の足に障害を持って居る。いつだったか。いつも歩いて来る風なので、お住まいは近くなの?と聞いたところ、親戚がこの近くに居るのだが、お嬢さん本人は電車で四十分程離れた町に住んで居て、だから独りで来るときには、わざわざ電車とバスを乗り継いで来てくれるのらしい。不自由な足を抱えて。この日、彼女から…

主の居ない部屋

|縷々| 一昨年のこの日、主の消えてしまった家は、 今尚、そして恐らくは この先も閉じられること無く、 ずっとそのままに在る。 玄関も縁側の戸も開いたまま。 茶碗。湯吞み。読みかけの本。 削られた鉛筆の跡。映画。レコード。 主が居た頃と何一つ変わらぬ茶の間は、 つい先程まで人の住まっていたよな気配を残しながら、 其処だけが時を止めて居る。 訪れる者は、迎える者の居ない部屋に座り、 スケッチブックを開き、その人の記憶を辿るだろ。 只、主が不在と云うだけの、 永遠に留守の続く家み…

夏の終わり

|縷々| 鍼灸院で施術を終えた帰りに、何とは無し。 目鼻の先なのだから海へ行ってみよう、と想った。 昼下がりの海岸は海水浴場を仕舞った後で、只 しんと静か。波打ち際に並んだカモメらの他には、 離れた防波堤に釣り人が二人居るだけ。 遠く沖合いに、一隻の大型船が北へ向かう。 気温は高くとも、波音を運ぶ湿気の無い風は さわやかで心地良く、空には薄く引いた鱗雲。 もう、秋の気配が混じり始めたのだな。 堤防に腰掛けて、暫しぼんやりと過ごし、 昼寝の中にまどろんだ住宅地を抜けて歩けば、 …

どうでも良さそうなことがどうでも良くないときもある

|縷々| 例えば。 五千円を一回に使うのと、 五百円を十回使うのと。 結果として使う金額は同じだけれど、 五千円を使うときの方に躊躇が伴うのは、 おかしなものだな、と想う。 冷たい雨が降って、今日も薄寒い。 ざあとくぐもった雨音を聞きながら、 ビスケット齧って、ミルクティを飲む。

四十の私へ贈る

|縷々| 大人になるというのは すれっからしになることだと 思い込んでいた少女の頃 立居振舞の美しい 発音の正確な 素敵な女のひとと会いました そのひとは私の背のびを見すかしたように なにげない話に言いました 初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対しても 人を人とも思わなくなったとき 堕落がはじまるのね 堕ちてゆくのを 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました 私はどきんとし そして深く悟りました 大人になってもどぎまぎしたっていいんだな ぎこちない挨拶 醜く赤く…

書置き

|縷々| 連休からここ数日と云うもの、 お客から代金を貰って居るにも拘わらず、 いったい何なのだろか。この、 さながら搾取されて居るかのよな、苦い疲れ。 悪意無き、しかし、礼節無き人びとの持ち込む、 無自覚の、土足の、暴力。負の名残り。 そんな精神的疲弊にすっかり埋もれながら、 嗚呼、又連休が控えて居るのだったな、と 重い心持ちで暦を眺めて居たのだけれど、 今日一日は、薄曇りの空模様に少し似て、 ただ穏やかな佇まいで過ぎていった。 店仕舞いまで一時間程を残した頃。 仕事帰りな…

彼岸の者たち

|縷々| 北向きの窓から、すうと夜風が入り込み、 部屋を囲む、秋の虫たちの、ざわつき。 昨年の今日、人知れず旅立ったHさん。 先月、あまりにも突然に旅立った恩人Aさん。 そして爺さんを、共に暮らした日々を想った。 残され生きる者は皆、癒えはしても 消えることのない傷痕を確かめながら、 其々の年月を重ねてゆくのだな。 墨夜に遠い、くぐもった雷鳴だけが聞こえる。

不毛

|縷々| 自分の想うこと、意思が哀しい程通じぬのは、 必ずしも、こちらの接し方や説明に 何かしら問題の在ると云う訳でも無い。 何をどうしたところで、決して。 ことごとく。何処まで行っても、 永久に通じ合うことの叶わぬ不毛の相手 と云うのが、確かに存在するのだ。 ならば一旦そうと知ってしまえば、 気楽になるものと思いきや、 案外そうでも無かったりする。何故なら、 端から諦めて接することも又、それ自体不毛なのだ。 世界はいったい、どれ程の不毛で溢れて居るのだろ。

煩い

|縷々| 午後から予報通りの雨。螺子のひとつが緩んだよな、 当てにして居た僅かのマッチが全て湿気て居たよな、 居心地の悪い水曜。かかって来た電話はどれも、 不躾な勧誘であったり。的外れな問い合わせであったり。 鈍い心持ちのまま淹れたお茶は、煩いに気を取られる内、 カップの半分を占領したまま、ゆっくりと熱を失って居た。 仕舞い支度をしようと表へ出れば、軒下深くにも拘わらず、 強い風の力を借りて勢いを得た雨に叩かれ、けれども 舌打して毒づく気にすらなれず、長い溜息だけが漏れた。 …

一年

|縷々| Andrew Wyeth "Snow Flurries" 荒涼とした枯野も、季節が巡れば青草に覆われる。 何故だかふと、遠く繰り返される野の営みを想った。 何処へ続くか知れない、この道の先。

Blue

|縷々| したたか打ったところを、上からぎゅうと押されるよな。 切り傷をつくったところへ、苦い塩を塗られるよな。 こちらが己で重々承知のところを、物云わず真後ろで つつかれるのは、なかなかに堪えるもの、と想う。 宵口の空は、吸い込まれそな深い深い青だった。 東のほうから生温い湿った風が、のっそり流れてきて、 鼻先の重たい感触には、海の匂いが微かに混じって居た。

些事

|縷々| どうやら今日も涼しくて、空模様は落ち着かない。 窓の外を眺めやり、洗い桶の手元に目を落とせば、 薬指の節に棘を抜いた痕が小さく、ちくりとする。 何処かで刈った青い草の匂いへ小糠雨が混じり、 僅かに風が変わった。記憶に沈んで居た、夏の匂い。 通り端の紫陽花が、少しずつ立ち枯れ始めて居る。 ああして次第に色を失いながら侘びゆく様が、好きだ。

Jardins sous la pluie

|縷々| 朝起きると、昨晩遅くに降った雨が路面に残って居た。 重たく湿った外気は、けれども肌に冷ややかで、 隣家の石塀越しの紫陽花が、曇天の下に緑色濃い。 かのシーボルト博士は、雨露を纏った紫陽花の佇まいを愛し、 日本から独逸へ苗木を持ち帰って、屋敷の庭へ植えたのだと、 はて。いつ何処で読み知ったのだったか。 学名のHydrangeaは「水の器」を意味すると云う。

Hello.

|縷々| |映画| パラノイドパーク [DVD]出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント発売日: 2008/09/26メディア: DVD クリック: 29回この商品を含むブログ (76件) を見るミルク [DVD]出版社/メーカー: ポニーキャニオン発売日: 2009/10/21メディア: DVD購入: 4人 クリック: 75回この商品を含むブログ (133件) を見る ガス・ヴァン・サントの映画を観ながら、どうしてだろう。 もう行き会わなくなってしまった人たち…

マドラスチェック

|縷々| 未だちいと心細く想いながらも、抽斗の中身を 薄物と入れ替えて、相変わらず格子と縞ばかり 並んだ様に独り、納得して風呂敷を畳む。 そうだ。あの方が亡くなられて一年が経つ。 もし生きていらしたなら。3・11以降の世界を 如何に綴られたろう、と考えずには居られない。 アイロンをあてない洗いざらしのシャツを手に、 あの日、お身内の方の届けて下さった言葉の 一節を、ふと額の内側へ想い起こした。 マドラスチェック。 毎年新緑の清々しい頃となると、マドラスチェックの シャツへ袖を…

立春前

|縷々| 無花果の香りのろうそくを灯す。*1 仄かに甘く、どこか草のよな青さが漂う。 何故だか、ふと。 J. E. Millais の、この絵を想い出した。 きっと二月も、瞬く間に過ぎるだろ。 *1:「sycamore fig」 エジプトでは、古くから神聖な木であるのだと云う。

|縷々| 水道が凍った。今年に入って、三度目。 幾度も身体へ云い聞かせて、ようやく 寝床を出、顔を洗おうと洗面台へ向えば、 蛇口の先に、小さな氷柱が出来て居た。 気の遠くなるよな一滴一滴が、健気に ひと晩掛りで拵えたのであろうそれを、 じいと黙って眺めるうち、冷気に強張った 肩はほどけ、清々と。静かな心持ちとなる。 温い湯たんぽの湯を洗面器へ張れば、 たちまち湯気はか細く、ふと手を止め、 昨年の冬はどんなであったろか、と想う。

冬の山

|縷々| ふと思い立って、山へ行って来た。 ザックを背負い、頑丈な山靴を履き、 霜柱を踏み、苔むした岩を踏み、 黙々と歩けば、何かが浮かび、消え。 足どりは、進む毎軽くなってゆく。 杉の深い緑に混じって、すっかり 葉を落とし枝ばかりとなった雑木の 木立は寒々しく、しかしながら、 しんとした中に、枯れ枝の乾いた音。 渓流の清々しいせせらぎの音など 聞きながら、火を熾し、湯を沸かし。 只そうして、心静かに過ごしたのだ。

小さな火

|縷々| こんこんと。けれども静かに湧きあがる 冬への想いは、つうと器をこぼれ出て、 冷え澄んだ水のよに、薄い硝子板を伝う。 墨色の夜に、小さな灯火を探す。

ねぐらの中の小さなねぐら

|縷々| 季節の狭間。僅かに残った夏と秋との 繋ぎ目の、不確かなリズムをどうして 掴まえたら良いのか、未だ分からずに居る。 そんなときは自ら進んで、心もとなき感傷を 迎え入れようか。そっと掌で包むよにして。 六畳の部屋に広げたテントは、ほんの少しだけ ゆとりのある一人用で、ブランケットを二つに 折って中へ敷き、其処へ寝袋を持ち込めば、 半月を横たえた形の、ささやかなねぐらとなる。 部屋にテントを出したのは、久しぶりだな。 ランタンの小さな灯りの下、寝袋へもぐり込んで、 北の動…

八月の途上

|縷々| 驚いたことに、じりじりと射るよな八月の熱 の中へ、ほんの僅かな秋の気配を感じた。 それは束の間に去ったが、未だ何処かに なりを潜めながら、忘れ難い余韻を残して。 木綿の肩掛け袋の下で、牛乳がうっすらと冷たい 汗を滲ませ、やがて接した腕の内側に伝わった。 午後にはすっかり冷房に草臥れて、表へ逃げる。 さっきの牛乳みたいに冷たく湿った首の後ろを、 やんわりと掌で包んでさすり、ひとつ息をする。 ゆっくり呼吸を取り戻せば、血の巡りを呼ぶ。 体温と同じくらいの熱風が、勢いを失…

舌打

|縷々| 一枚減らした夜具のうすら寒さに呆れ、 身支度に長袖を重ねて着ては閉口し。 再びの寒さ出戻り、さながら開き直った 年増女の如き厚かましさか。しゃあしゃあと そ知らぬ顔して、潔く季節を譲らぬその様に、 こちらは落ち着くものも落ち着かず、こうして 懐の真ん中に腕を組み、心ならずも仕方無しと 分厚い靴下など履いて、苦々過ごして居る。 甘く見て、気を抜いた首元がすうと心細い。

夜風

|縷々| |本| 喉の中頃が何やらいがいがとして居て、 その上、頬の辺りもがざがざと乾いて 水っ気が薄く、どうも塩梅が宜しくない。 季節がちいとも季節らしい顔とならず、 照ったり降ったり曇ったり。はたまた やれ寒いの、やれ暑いのとなれば、 まぁ無理も無いことか、と髪を梳く。 尖ったお月さんの真上に、煌煌と星ひとつ。 まるで何処かの国旗みたいだな。 間抜け面の頬杖。無粋なくしゃみ。 須賀敦子全集〈第7巻〉どんぐりのたわごと・日記 (河出文庫)作者: 須賀敦子出版社/メーカー: …

誰も知らない

|縷々| 偏屈の強情張りが、不器用なりに 差し出した手は、さっと払われた。 一度目も。二度目も。云い訳は、 言葉になる機会を与えられぬまま、 目の前で只、ぴしゃりと冷たく閉ざされた。 そもそも、云い訳は只の云い訳なのだな。 己で自身の無能を重々知りつつも、しかし それをまともに噛み締めてしまったら、 どうして笑って生きられよう。だから。 しらばっくれて、知らぬふりをすることで。 私には何か。私でなければならぬ理由が在ると、 そう想うことで、今までを過ごしてきたんだ。 あなたは…

十一月

|縷々| 冷え込んだ空気が、鼻先をつうと刺す。 朝。タートルネックの上にセーターを着て、 それから寒空を見上げて、息を吸い込む。 夜。欠けたところの無い月明りの下で、 屋根瓦や枯野が銀色に光って居た。 まるでうっすらと薄い霜に覆われて、 ぼんやり、発光して居るみたいだった。 夜の部屋の中は、静かにしんと冷え冴えて、 編み針を持つ指先が、次第にかじかんでくる。 ココアの入った青いカップを掌で包んで、 唇を縁に付けると、もう熱が薄らいで居た。 一口飲んで、ふうと息をはく。

夜風と月と金木犀

|縷々| 夜風の中に、ふんわりと。 金木犀が薄く匂う。 鼻先にうっすらと、頼り無く。 半分だけ欠けた月。 今日の憂いは、夜風に流す。

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