双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

夏のシウォナダ

|雑記|


九月に入ってなお、夏が続いて居る。これは「残暑」では無く、
明らかに「暑」、つまり我々は未だ、夏の中に居るのである。
ぐだぐだと、へなへなと、むわむわと、でろでろと。
しかもこの暑さ、ちょっとでも気を抜こうものなら最後。
人の意志や思考をいとも容易く奪ってゆくので、始末に負えない。

そんな折。キムチ作りに端を発した韓国の様々が愉しくて興味を惹かれ、
近頃、色々読んだり観たり拵えたりして居るのだけれども、度々出くわして
気になって居る「시워나다(シウォナダ)」なる言葉。
さっぱり、すっきり、爽やか、清々しい、涼やか、などを意味するようで、
それはときに味であり、様子であり、感覚であり、気分であり、
文脈や状態、人によっても様々で、単なる形容詞の枠で括れないのが、
懐の大きいと云うか不思議と云うか、何だかとても面白い言葉だなぁ。
でもって、何故この言葉が妙に気になるのかしら、と考えたら、
そうか。そもそも私「シウォナダ」なのが好きなんだな、と。

夏の暑い盛りに、散髪へ行って伸び過ぎた襟足を3mmに刈り上げ、
田んぼの中の一本道をシャーっと自転車で風切って疾走しながら、
「あー清々するー!」なんて感じも、シウォナダだし、
昆布といりこで出汁とって、モヤシとワカメの素朴なスープを
拵えて食せば、あっさりでしみじみで、シウォナダ。
何かに集中する内に心の中のモヤモヤがすうっと晴れて、
外の空気を胸いっぱいに深呼吸した後も、シウォナダ。

つい先日のは、歯磨き粉を買いに立ち寄った大型薬局にて
辛ラーメン』三個入りパックが、何と。近所のスーパーの
値札より、百六十円も安く売られて居るのを見付けて、驚喜。
買い物かごへ二つ放り込んで買って帰り、辛さにどっと噴き出す汗を
小タオルで拭いながら、はふはふ麵をすすってはスープを飲み、
「あーシウォナダだぁー」と心から満足した、夏のシウォナダ。

We need シウォナダ。
我々にはシウォナダが必要なのだ。

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