双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

チョコレートの小箱

|縷々|


月に一度か二度の頻度で通って下さるお客様が居る。
ボブヘアーの小柄な女性で、雰囲気の印象的な方。
数年来通って下さって居るのだが、ひょんな経緯から話が弾み、
名前やお仕事を知ったのは、つい数か月前のことだ。
今までにも、お話やお名前を伺う機会は在ったかも知れないが、
何年か掛かって、双方の”縁”と”機”の丁度重なったのが
恐らくは、その日だったのだろ。不思議なものである。
今日の来店もいつもの時間帯、開店から少し経った頃。
いつものよに珈琲を頼まれ卓まで運んで持ってゆくと、
私とAちゃんとに渡したいものが在る、と云う。


「バレンタインデーだから、と云う訳でも無いのですが、
おいしい珈琲とこちらで過ごす時間と。いつ来ても変わらずに
それを提供して下さるお二人への、私からの感謝の気持ちです。
何よりも売り場でこれを目にした途端、もうパッとお二人のお顔が
頭に浮かんで、イメージにぴったり!って差し上げたいなと思って…」


真っ赤な細いリボンのあしらわれた、掌に乗る程の小箱は、
澄み切った夜空に墨を放ったよな、深い深い濃紺色で、
控えめな文字は金色の箔押し。上蓋をぐるりと囲む格好で緑の蔦が、
そしてその内側に、森の動物ときのこが描かれて居る。
きりりと品の在る、けれども何処か長閑さの感じられる意匠。
ゆっくり、そっと蓋を開けると、薄紙の下へ隠れて居たのは
まるで繊細な陶器細工のよな、木の葉や花々を模した、
四つの異なる種類の、これまた小さな小さなチョコレート。
嗚呼、こんな素敵なチョコレートの小箱に重ねて頂いたなんて…。
勿体無いのと恐縮なのと、有難いのと嬉しいのとで、
小箱を手に、私はぶわあっと胸がいっぱいになった。


有難う。あなたがこの店を大切に思って、通って下さるよに、
私たちもあなたの存在が励みになって、毎日店に立てるのです。
だから。そう云うお客様が一人でも、二人でも在る限りは、
私たちは灯火を消さぬよに、この小さな場所を守り続けるつもりです。

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