双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

若旦那のお小水 再び

|若旦那|


満ち足りたご褒美の日曜日を終えて店を仕舞い、帰宅して暫し。厠へ向かった若旦那の様子が、どうもおかしい。五分おきに厠と茶の間を行ったり来たりして居る。もしや...と厠の砂を確認すると、かき寄せられた砂が山になって居るだけで、何も無い。その後も、四つ在る厠全てに出入りして用を足す格好をするも、小水一滴も出ず。今朝まではちゃんと出て居たのだが...。是は結石が詰まったに違いない。となれば急を要する事態である。
時刻は夜十時。掛かりつけのお医者は、勿論閉まって居り、翌日も祭日なので休診である。駄目を承知で電話をかけてみたところ、先生の携帯電話へ転送の留守番電話となって居り、容態によっては急患も受け付ける、とのことであったので、手短に伝言を残し、折り返しの電話を待つこととした。すると十分後。先生からまさかの電話である。そこで、改めて詳しく状況を説明。先生は暫し「う〜ん」と考えた後「一滴も出ないと云うのはやはり心配ですので、診てみた方が良いでしょう。今から来られますか?」と仰って下さった。嗚呼、助かった!



ソファの上でぼんやりして居た若旦那をキャリアへ詰め込み、実家に連絡して車を出して貰って、十時半頃にお医者へ到着。診察の結果は、やはり結石による尿路閉塞。丁度、ラムネの瓶のビー玉のよに、尿道の先端に小さな結石が栓をしてしまった格好であるらしい。そのままではカテーテルを入れることが難しいと判断されたため、鎮静剤を投与して尿道カテーテルを入れ、先ずは石を取り除き、生理食塩水による膀胱洗浄が行われた訳なのだが、準備段階で、興奮状態の若旦那に鎮静がなかなか効かず、診察台の上へ夕飯を吐き戻すわ、ケージの中で威嚇しまくるわ。先生を梃子摺らせ、ちょいとピリピリした空気に...。時間外、しかも夜遅くの急患で、ご迷惑なのは百も承知であるから、こちらはただただ平謝りである。
処置に要した時間、約一時間半。膀胱洗浄が済み、ケージの中で麻酔から覚めてうつらうつらの若旦那を前に、今行なった内容と今後の説明を受ける。この後も、カテーテルを入れたまま点滴を投与しながら、膀胱内に残った結晶を流し出す処置などが続くため、火曜日の午前中まで入院、とのこと。又、翌日は休診日だが、夕刻ペットシーツを交換する際に、来て立ち会って下さい、と云われる。「威嚇が激しくて、恐らく我々では触れないと思うので」 はい...。
日付が変わった頃、安堵と不安との入り混じった心持ちで帰宅すると、忍びちゃんが玄関でひとり。ぽつんと待って居てくれた。「兄ちゃん、おしっこ詰まっちゃってね。お医者へ入院になっちゃったよ。だから、今日と明日、忍びちゃんとねえ様と二人きりだよ。寂しいねぇ」 風呂に入って忍びと一緒に寝床へ入る。忍びは状況を察し、やはり不安なのか、脇腹へぴたりとくっついて来た。思えば、若旦那が拙宅へやって来てから三年。この部屋以外で夜を明かすことなど、一度たりと無かった。在ることが当たり前のものの、不在。
若旦那、おっかない思いをして、訳も分からず不安で仕方が無いだろな。爺様よ。あいつの傍に居てやっておくれね。忍びちゃんの背中へ掌をあてながら、目を瞑って、そうお願いした。

<