双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

続・ゆきて帰りし月曜日

|雑記|


今日は休みだと云うのに随分と早い朝でした。相変わらず八方ふさがりでうだつの上がらない、あわれな小さい人であるところのホビンズ君は、そろそろすてきな気晴らしが必要でしたので『ホビット 竜に奪われた王国』を観に行くことにしたのですが、二匹の気ままな同居人たちの夕飯の時刻までには、どうしても戻る必要がありました。なぜなら、たった一つの自動給餌機では用が足りず、そうかといって猫という生き物にこちらの事情を説明したところで、聞いてもらえないのはみなさんもよくお分かりでしょう。やむにやまれず、いちばん早い回を選ぶしかなかったホビボは、ですからこんな早い時間にそそくさと支度をととのえているのです。


バスに遅れてはいけないと、せっかちに家を飛び出したホビボは、敷地を数歩出たところではたと気が付きました。「しまった、電気を消し忘れていたぞ!」せっかちのしくじりとは、よくいったものです。きびすを返して家に戻り、電気を消そうと部屋に入ったときでした。留守番の同居人二匹(一匹は鯖虎の大柄な猫で、もう一匹は黒白の小柄な猫でした)が、何とホビンズ君のベッドの上へ、げんこつ一つ分ほどの間に並び、香箱を作っているではありませんか。「こいつはまいったな。君たちは、ああしてしょっちゅう追いかけっこばかりしているが、主の姿が見えなくなったとたんに、こうして仲良くしているのかい?」猫たちは一瞬ぎょっとしたふうでしたが、すぐに何食わぬ顔となりました。こんな平和な姿をぜひとも写真におさめておきたいのは、やまやまですが、もうじきにバスがやって来てしまいます。ホビボは後ろ髪をひかれつつも、再びきびすを返すと、せっかちに家を出て行きました。
きわどいところでした。間に合ったバスに乗り、小一時間電車に揺られたホビボは、何とか上映時刻の五分前に劇場へたどり着くことができました。早起きは三文の得といいますが、この日のホビボもどうやらそうであったようです。いちばん早い回には割引があり、おもいがけず六百円も得をしたので、ホビボはすっかり気をよくしたのでした。前作を観たとき()にお客はたった四人きりであったのですが、この日もそれとさほどに変わらず、ホビボを含めてたった六人です。妙齢の女性客らに混じって、どう考えても七十をすぎたと思われる老夫婦が、ずっと前方に座っているのを見たホビボは、心の中でひとりごちました。「まあ、老人は朝が早いというからな。きっと映画が何であれかまわないのだろう。それはそうと、さっきから妙齢妙齢といっているけれど、このわたしだってそうじゃないか!」やがて緞帳が両脇へひかれて、館内がだんだんに暗くなると、長い宣伝の前置きの後は、いよいよ映画の始まりです。(肝心の映画のお話は、後ほどホビンズ君自身がこちらへ書くことでしょう。)
「いやあ、あんな終わり方ったらなあ!連続ドラマの”次週に続く”ってかんじだものなあ。ううむ、続きまであと一年も待たなきゃいけないのか。」すてきな気晴らしが済んで表へ出たホビンズ君は、とてもお腹がへっていましたので、ちょっと早足で歩きますと、そこへとつぜん、全国のいたるところで見かける赤と黄色の看板が目に入りました。”マック爺さんの店”でした。ホビボはときおりおかしなたくらみを考えて、それを実行にうつすことがありますが、どうやらこの日もそうでした。
みなさんもお分かりのように、ホビンズ君の胃袋はたいへんに丈夫で、滅多なことではどうともしません。ところがなぜだか”マック爺さんの店”で飲み食いをするというと、必ずといっていいほどお腹をこわすのです。もっとも、ホビボがこの店で飲み食いをすることなど、数年に一度あるかないかで、それもこうしたおかしなたくらみにかられてのことなのですが。「こまったな。爺さんの店の食べ物がどれだけ貧相で、どれだけ体によくないか、また我が身をもって実感したくなってしまったぞ。」まったく本当にどうかしています。駅の商業施設の中に入った爺さんの店には窓がなく、低い天井のだだっ広い店内では、誰も彼もがもくもくと食べておりました。久しぶりに食べたチーズバーガーは相変わらず薄っぺらい味で、しかし、ホビボはそれをおおいに喜びました。「うん、やっぱり不味いぞ。パンはパサパサできめが粗いし、肉は脂っこくてペラペラだ。そうしてわたしは、またお腹をこわすのだ。帰ったらみんなに結果を報告しよう。」馬鹿につける薬を発明した人は、まちがいなく後世に偉大な名を残すことでしょう。
悲しいことに、こんな店がもうかるのが世の中というものです。たくらみを実行し、気の済んだホビボはさっさと店を出ると、電車の時刻まで、ぶらぶらとして時間をつぶすことにしました。新しい靴下を買い、ミントの味のするチョコレートを買い、大きな本屋であれこれと立ち読みなどするうちに、そろそろ、パイプ草が吸いたくなってきたようです。ちょうど駅を出たところにコーヒーの店がありましたので、そこへ入ることにしました。コーヒーとドーナツをのせたお盆を持って席につきますと、ホビボはきみょうな光景を目にすることとなりました。ホビボのいるパイプ草を吸う人専用の部屋からは、ガラスごしに店内のようすが見えるのですが、そこから見るひとたちは、そろいもそろってうつむいて、何かにとりつかれたように、スマートフォンとやらをいじっているのです。連れのあるひとも会話をせず、それぞれがだまって、人差し指を動かしています。しばらくそのきみょうな光景に見入っていたホビンズ君は、はたと我にかえり、すると今度は、また別のきみょうなものを足元へ見つけたのでした。「おや、こいつは何だろう。」テプラという印字テープの、ベタベタとはられたコンセント口です。「無断使用禁止。お声をかけてからお使い下さい。無断使用禁止。お声をかけて下さい。いわゆる電気泥棒という連中への警告なのだろう。やれやれ、こんな当たり前のことをわざわざ書かなきゃならないなんて、本当にいやな世の中だ。」コーヒーを飲みながら、ほかに誰もいないのをさいわいと、ホビボはそう声に出していいました。
やがていい頃合となって、電車に乗り込んだホビボは、再び小一時間揺られて帰ってきました。駅の外へ出ますと北風がめっぽう強く、駅前は閑散とさむざむしいばかりです。何せ駅前の交番さえ大抵は無人なのですから。この町の落ちぶれ具合ときたら、湖の町に負けずとも劣りません。いいえ、もしかすると、それ以上かもしれません。さあ、道草は無用。さっさと家に帰って猫たちに餌をやらなくては。せっかちなわりにぬかりのないホビンズ君は、この電車で帰ってくればちょうどのバスに乗ることができると知っていましたので、コール天地の外套のえりをぎゅうと合わせますと、薄暮にさしかかった寒空の下を、停留所へ早足で歩いて行きました。(瀬田訳調)

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