双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

秋空の下の白黒

|忍び|



近くに控えた去勢手術の相談のため、バスと電車を乗り継ぎ、忍びを連れて隣町のお医者へ行って来た。目方は2.9キロ。診察して特に問題も無いので、手術の予約を次週に入れることに決めたところ、術前の血液検査をしましょう、と相成ったため、保護以来の懸念であった、白血病エイズのウィルス検査も一緒にお願いした。採血の間は待合室で待って居たのだが、なかなか上手く採れないらしく、忍びちゃんの抗う鳴き声と、先生の「御免ねぇ、ちょっとの我慢だからねぇ」の声。やや暫くの後、看護師さんがキャリアに入った忍びを連れてきた。
「すみません。暴れてご迷惑かけたのでしょうか?」「いえいえ。ただ、動いてしまうと血管を傷つけてしまう恐れが在るので、何度か針を刺し直さなければならなくって。痛かったのに、お利口に頑張りましたよ」検査の結果が出るまで二十分程。名前を呼ばれて、再び診察室へ入ると、先生がシートを見ながら渋い表情をして居る。もしや…どちらかのウィルスが陽性!?椅子を勧められて是に腰掛け、どきどきしながら結果を聞く。
「先ずですね。白血病エイズに関しては、陰性でした」嗚呼、良かった。ならば、先生の渋い表情の訳は他に在ると云うことだ。「ここ、見て貰えますか?」差し出されたシートの二頁目に、赤ペンで印が付いて居た。BUNとP。尿素窒素とリンである。この二つの数値だけが正常値よりやや高く出て居り、それが何を意味するのかと云うと、つまり腎機能障害の疑いである。「ただねぇ」先生が仰る。「ホビ野さんが来る少し前に、やはり去勢手術前の血液検査を受けた猫君が、是と全く同じだったんですよ。同じ日に、しかも二件立て続けとなるとねぇ。うーん、機械の不調か。或いは、溶血と云って採取した血液が何らかの要因で壊れてしまって、正確な数値が出なかった可能性も、もしかすると在るのかな、と」
去勢手術は一先ず延期。来月の中頃に再度血液を調べる運びとなった。もし、再検査でも同じ結果が出れば、このチビ猫は幼くして既に腎臓に障害を持って居る、と云うことである。先生曰く、小猫の場合、腎機能に異常が在ると云うとその殆どは先天性。生まれもってのものなのだそうだ。
忍びちゃんよ…。検査に何らかの不備の可能性が、万に一つ無きにしも在らずとは云え、恐らくは間違いが無かろう。今日の結果を聞いた主は、したたかに頭を殴られたよな心持ちとなり、しかしながら、帰りの電車の道中もキャリアの中で聞き分け良く、大人しく香箱を作って居る健気な忍びを見て、はたと思い直した。次回、先天性腎疾患の診断が出たとしても、あまりは悲観するまい。未だ数字が僅かに正常値を出たくらいなのだし、長生きこそできないかも知れないけれど、漢方の力などを借りながら、普通と同じよに穏やかに暮らすことだってできる。何より、お前は運の強い猫だもの。ね。電車を降り駅を出ると、高い秋空がきれいな青だった。
帰って来て、若旦那に報告したら、くるるとひとつ短く鳴いて、主の頬をじゃりと舐めた。

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