双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

ビルボの災難

|忍び|


先週末から、拙宅のチビ猫ビルボの様子が急におかしくなった。
しきりに耳をぱたぱたとやって頭を振るなどし、初めのうちは、歯の生え変わり時期が関係して居るのかしら、と想ったのだが、矢鱈と物音にびくついては身を低くして隅へ隠れたり、人間と見ればささと足早に寄って来て、ひっつき虫のよにぴったり張り付いてばかり居る。背中も強張って、声もあまり出さない。食欲は在るものの、その様子があまりに普通でないので、何か具合でも悪いのではないか、とお医者へ診せに行った。先ずは外耳炎など耳の病気が疑われ、しかしながら、結局耳自体に目立った異常は見付からず。丁寧に触診などもして貰ったのだが、何処かに怪我を負った様子や不具合も無い風である。念の為に耳の掃除、及び薬を塗って貰って帰宅。部屋を暗くしてやって、数時間後そっと様子を見に行くと、嗚呼。何たることか。厠箱の砂の上へ寝そべって居るのである。
ふむ、是はやはりおかしい。尋常ならざる事態である。どうにも心配なので、その晩は寝袋を持って忍びの部屋で寝ることとした訳だが、忍びは相変わらず頭を振り、耳をぴくつかせ、寝袋の中へ入り込んで主の胸元にへばりついて居る。よく”人が変わったみたいだ”と云うけれども、まるで猫が変わったみたいじゃないか。恐らくは、当の猫自身がいちばん困惑して居るのだろ、おろおろと不安げに落ち着かない。困ったねぇ。お前、一体どうしてしまったのだろねぇ。
この一連の変化と直接関係が在るか否かは分からぬが、ひとつ思い当たることと云えば、近頃表へ見掛ける大柄な茶トラの野良である。ひと月程前であったか。忍びを抱いて窓の外を眺めて居た際、こいつが急にぬうと現れて、忍びがパニックをおこしたことが在った。とは云えそれも一瞬のことで、その後は何事も無かったよに元へ戻り、今の今まで変わらず平穏に過ごして居たものだから、茶トラのことなど大して気にも留めずに居た訳だが、よくよく思い起こしてみたら、忍びの様子がおかしくなった日。茶トラと思しき大きな野太い鳴き声が聞こえ、それはどうやら忍びの部屋のすぐ近くなのであった。窓辺でのんびりと過ごして居たところを、不躾な茶トラが窓越しに威嚇するなどし、其処で何らかの恐怖心を負ってしまった可能性は、十分に考えられる。だとすると、余程におっかない思いをしたのかも知れぬ。人間は極度の緊張やストレスを感じると、所謂チックのよな症状の出ることがしばしば在るけれども、猫であってもそう云うことが在るのだろか。或いは、やはり中耳炎だか何かを患って居て、それで耳の奥の雑音や違和感に訳が分からず怯えてしまって居るのか。
何れにせよ。暫くの間は、様子見と見守りの欠かせぬ日々が続きそうである。主は回復を急かず、気長にでんと構えねばなるまいて。


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災難前のビルボ殿。

こんな風に、いつも通り畳にごろりと、のびのび過ごせる日が早く戻ると良い。

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