双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

気骨の字引

|雑記|



こないだ、帰ってテレビをつけたら『ケンボー先生と山田先生 〜辞書に人生を捧げた二人の男〜』と云う番組がかかって居た。三省堂の字引『新明解国語辞典』の誕生及び製作における裏話や諸事情について語られたドキュメンタリで、観たのは中程辺りからであったのだが、いやはや、なかなか面白い話であった。あれ?もしや拙宅のもこの字引でなかったかしら・・・と早速に確認したところ、やはり新明解は第三版。
字引は元々、女学生の頃に買い求めた『広辞苑』第四版を使って居たのだけれど、ご存知のよに、頻繁に用いるには立派に大き過ぎる(そして重過ぎる)ため、普段使いの字引として数年前に古本屋で買い求めたのが、丁度この新明解なのであった。確か千円程であったと記憶して居る。私が新明解を選んだのは、単に価格と状態の良し悪しとの兼ね合いからに他ならず、その独特の解釈や用例の面白さから、多くのファンを持つこと。又、そうした人びとが親しみを込めて、是を”シンカイさん”と呼ぶことなど、今の今まで知る由も無かった訳で、しかしながら、そうと知ってから改めてしみじみ読んでみると云うと、成る程。確かに一種独特のユニィクな解釈に富み、その姿勢には何かこう、気骨のよなものが感じられる。広辞苑が模範的優等生で、品行方正な級長タイプだとすると、新明解は差し詰め、秀才ではあるけれど一寸変わり者で、国語の文章問題などでも、正解とされる答えに対し常に一人異議を唱えて授業を中断させるなどして、先生を悩ませるよなタイプだろか(笑)。音楽誌にも其々硬軟・独自の色が在り、その特色故に其々を支持する人びとの在るよに、字引と云えども同じく、個性を有するものなのだなぁ。奥が深いや。


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と云う訳で、二つの字引*1がどれだけ違って居るのか。ここに幾つかの例を挙げて比べてみるとする。ちなみに拾った語彙は、適当に開いた頁から適当に選んだもの。

広辞苑
おやぶん【親分】(1)仮に親と決めて頼りにする人。仮親。(2)仲間の間で、かしらとなる人。特に、博徒などの頭分。親方。⇔子分。


新明解
おやぶん【親分】部下の生殺与奪の権を握る、グループ・閥などの長。ボス。⇔子分。

広辞苑
じょうしき【常識】普通、一般人が持ち、また、持っているべき標準知力。専門的知識でない一般的知識とともに理解力・判断力・思慮分別などを含む。「─のない人」  ─てつがく【常識哲学】バークリーの主観的観念論やヒュームの懐疑論に反対し、数学・論理学の公理、因果律、外界の実在性、自我の存在、善悪の区別など「常識の原理」を根本とする哲学。


新明解
じょうしき【常識】健全な社会人なら持っているはずの(ことが要求される)、ごく普通の知識・判断力。「─に押し切られる:─を(はるかに)越えた:─を覆す・─が無い人:─はずれ:─[=ありふれた知識・考え]以上に一歩も出ない:─論[=一応視野が広くて首肯出来るように見えるが、専門的見地からすると成立しないと思われる考え(方)]」
[─家]常識を備えている人。〔ひらめきを有しない人や、冒険をしない平凡な人の意にも用いられる〕 [─的]〔「専門的」に対して〕だれでも知っていて(考えつくような程度にとどまり)特に鋭いとか優れているとか変わっているという印象を与えない様子。「─な解釈・─に言って」

広辞苑
べんきょう【勉強】(1)精を出してつとめること。(2)学問や技術を学ぶこと。さまざまな経験を積んで学ぶこと。「数学を─する」「何事も─だ」 (3)商品を安く売ること。「お値段は─しときます」


新明解
べんきょう【勉強】(一)そうする事に抵抗を感じながらも、当面の学業や仕事などに身を入れること。 (二)将来の大成・飛躍のためには一時忍ばなければならない、つらい経験。「いい─[=経験]になった・何もかも─[=試練]だと思ってやるんだね」 (三)[俗]利益を無視して、商品を安く売ること。「もっと─出来ないか・これで─になっています」


さて。あなたのハートにはどちらがグっと来ましたか?

*1:広辞苑・第四版』『新明解国語辞典・第三版』

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