双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

若旦那、保険に入る。

|若旦那|


若旦那はすこぶる健康体である。今冬に突発性の軽い膀胱炎を患いはしたものの、概ね健やかな猫である。しかしながら、ウレタンやゴム素材のものを好んで齧っては、しばしば是を飲み込んでしまうと云う悪癖を持ち、そしてその殆どは後日糞と共に排出されるため、事無きを得て居たのだけれども、事を未然に防ぐべく、日頃より入念な対策と用心とを心掛けて居るにも拘わらず、先日ちょいと風呂掃除で目を離した隙に、鍵の外れかかった戸棚の中から、パウチ様の餌の袋を器用に引き摺り出し、在ろうことか。ちゃぶ台の下で袋を食い破っては、あみゃあみゃむしゃむしゃと派手にやって居るではないか。慌てて取り上げるも既に遅し。無残に食い破られた袋の断片をかき集め、ジグソーパズル宜しく組み合わせてみたのだが、所々歯抜けして埋まらず。つまり、噛み千切られた袋の欠片の幾割かは、どうやら中身諸共、若旦那の胃袋へ入ってしまったのらしい。むむう、一体何と云うことをしでかしてくれたものか。当の本人は叱られて尚、満足気に毛繕いなどして、主の心配など何処吹く風。糞に混じって排出されると見て、暫し様子を見ることとした。




翌朝の糞を調べたところ、未だ欠片は見当たらず。ところが翌々日の早朝のことであった。浅くなった眠りの向こうで、ケポケポと断続的に奇妙な音を聞きつけ目を覚ませば、若旦那が床の上へ一つ、小さな塊を吐き戻して居た。猫と云うのは健康であっても比較的よく吐く動物で、毛玉や妙なものを飲み込むと云うと、そのうちに胃袋がむかむかとなり、故に是を吐き出しては自らすっきりとするのである。先代の爺様はしばしば毛玉を吐いて居たけれども、元来若旦那は胃腸が丈夫であるのか。毛玉でさえ糞と一緒にすっかり出されて居り、今まで一度も吐いたことの無かった猫であるから、今回は余程にむかむかとしたのであろう。けろっと一回吐いたら、すっかり清々とした様子で、何食わぬ顔である。ふむ。こいつは十中八九、昨晩の袋の所為であるな、と寝惚け眼で吐き戻したものを調べてみたところ、胃液に異常は見られず。塊の方は消化されずに残って居た猫草で、その中に在った在った。親指の爪程の袋の欠片が三つ。と、も一つ混じったこの黒っぽい欠片は何だ?暫しじいと見入って、はっとする。それは何と実に。半年も前に齧って飲み込んだ、ウレタン素材のサンダルの欠片(→参照)なのであった。
あのときもやはり、三日程かかって糞と共に排出され、しかしながら、あと一片足りぬ気がするなぁ、と些か訝りつつも、恐らくは私の見落とし、或いは思い過ごしであろうとの考えに落ち着いた。それが半年もの時を経た後、パウチの袋に誘発され、ついでに吐き出されたとは・・・。いやはや、驚いたものである。否。感心ばかりもして居られまい。よくよく考えたら、今まで飲み込んだものたちの中にも、是ら同様にこうして未だ胃袋へ残って居るものが、幾らか在るやも知れぬのではないか?若旦那はその又翌早朝にも、猫草に包まれた袋の欠片を幾つか吐き戻したが、それ以降は一度も吐いて居らず、相変わらずの元気どころか、元気が過ぎて困る程である。とは云え、今回のパウチ事件が無ければ、ウレタンの真相も知ることが無かった訳であり、そして又、糞に混じって排出、或いは吐き戻されなかった異物が、いつふん詰まらぬとも限らない。現に知人宅の猫などは、釣り具を飲み込んだり、毛糸の塊を飲み込むなどして腸閉塞を起こし、既に二度も開腹手術を行ったのだとかで、その度に十万円近くの費用が掛かって散々であった、と聞いた。以前ならそんな物騒な話を聞いても、特に身につまされることなど無かったけれど、今や私も、そうは云って居られぬ立場となってしまったに相違無く、まして突然の十万円、十数万円の出費に慌てるな、と云うのがそもそも無理な話である。何事も転ばぬ先の杖。そうして、今まではこれぽちも縁の無かった動物保険への加入を、真面目顔で考えるに至った次第である。
早速に各社より資料を取り寄せて、掛け金と保障との兼ね合い、割引の有無等々を見比べた末、保険料の手頃な某社へ申し込んだ次第。当方がかかった金額の三割だけを負担するプランで、通院日数や治療費、手術費の上限額は在るものの、若旦那は持病も無く、病気がちでも無い健康体であるから、先ずはこの程度の手頃な保険で宜しかろう、と。陽気で手の掛からぬ性質の猫でありながら、一方では悪戯による心配事に事欠かないため、不測の事態に備えての保険の加入は心強い。
尤も。保険など入らずに済むのが、何より望ましいのであろうけれど・・・。

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