双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

書置き

|縷々|


連休からここ数日と云うもの、
お客から代金を貰って居るにも拘わらず、
いったい何なのだろか。この、
さながら搾取されて居るかのよな、苦い疲れ。
悪意無き、しかし、礼節無き人びとの持ち込む、
無自覚の、土足の、暴力。負の名残り。
そんな精神的疲弊にすっかり埋もれながら、
嗚呼、又連休が控えて居るのだったな、と
重い心持ちで暦を眺めて居たのだけれど、
今日一日は、薄曇りの空模様に少し似て、
ただ穏やかな佇まいで過ぎていった。
店仕舞いまで一時間程を残した頃。
仕事帰りなのだろな。週に一度かそこいら、
度々寄ってくれるお嬢さんがドアを開ける。
本日最後のお客さん。終いの珈琲。
煙草の箱の隣に手帖を開いて、頬杖をついて。
いつもこんな風に独りでやって来て、ぼんやりしたり、
本を読んだり、独りの時間を過ごしてゆく。
それ程親しく話を交わすことは無くとも、
私は、彼女が来てくれると嬉しく想う。
彼女も、仕事と家との間に在るこの場所を、
過ごす時間を、大切に想ってくれたら良いけれど。
暫くした頃、丁度メーカーさんから頂いた
秋らしいサンプルのお茶が在ったのを想い出し、
宜しければどうぞ、と小ぶりの茶碗で供すると、
普段は物静かな彼女が、わぁ、嬉しい!
両の掌を合わせて、子供っぽく笑った。
やがて彼女が帰った後、卓を片付けにゆくと、
茶碗の皿の下に、小さなメモ紙が挟まって居た。


「いつもおいしい珈琲を有難うございます。お茶、ご馳走様でした。」


払いのなめらかな、細長の、きれいな字。
礼なら、会計のときに頂戴した一言で十分だのに。
一日の終いに、心の中へじんわりと満ちた。
きっと大丈夫。
と自らに云い聞かせるよにして、
本の間へ栞を挟むよにして、
書置きをそっと、心へ留めた。
こちらこそ、有難う。

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