双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

意思の疎通

|若旦那|



ふと気付くと、若旦那の歯ブラシが見当たらない。猫用の爪切りなどと一緒に、背高の古い湯吞みへ入れてあるのだが、はてさて。何処へやったものか。私の置忘れでないのは確かであるから、恐らくは、若旦那の仕業であろう。悪戯は構わずとも、しかし行方知れずと云うのは困る。怪し気な場所は全て当たれど、結局見付けること叶わず、茶の間の真ん中で腕組みし、そこで冗談半分に、こう云い聞かせてみた。
「おい、ピピン。一体、歯ブラシを何処にやったのだい?歯ブラシだよ、は・ぶ・ら・し。あの、歯をちょいちょいっとやるヤツ。お前はどうやら、あまり好きでは無い様だけれどね、あれは非常に大事だよ。もし、ふざけて居るうちに何処かへやってしまったのなら、一寸探しておいてくれないかね。宜しく頼むよ・・・・・なんてな。」
所詮、猫は猫なのであって、如何様に云い聞かせてみたところで、どうにもならぬのは百も承知である。仕方無い。近いうちに新しいのを買ってくるか。そうして諦めて仕事へ向かい、やがて夕刻の給餌に戻って来ると、茶の間の入り口へ何やら細長いものが、ぽろり。・・・・・・!!実に、確かに。件の歯ブラシが転がって居たのであった。おいおい、一寸こっちにおいで。若旦那を呼び寄せる。
「お前ったら、今朝の話。あれ、ちゃんと分かったの?凄いじゃないの!是は凄いことですよ!偉いことですよ!賢いことですよ!」
いやはや、こいつは驚いた。大した奴だ。しかし当の若旦那はと云うと、興奮冷めやらぬ主の驚嘆と賛辞を他所に、相変わらずいつもの鳩が豆鉄砲くらったよな、すっとぼけた顔をして、くるると一つ鳴くと、ささと餌場へ行ってしまったのであった。

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