双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

工具が欲しい

|モノ|


様々なサイズの各種ドライバー、レンチ、カッター等々が一式揃った工具セットへ、電動ドリルドライバーなんぞを足したなら、さだめし幸福なことであろう、と想うのである。工具が無い訳では無い。叔父のお下がりであるところの、グリップの堅牢な上等のドライバーとラジオペンチ、バール、金槌など、比較的使用頻度の高い幾つかの工具が在るには在るのだが、先だって改めて、そして痛切に一揃いの必要性を思い知り、予てよりの工具欲が確固となった次第なのである。*1
そもそもが、長年使って居たスカパーのチューナーと、昨年已む無く新調せざるを得なかったデジタルレコーダの連動に関する云々が、いい加減に煩わしくなってきたことも在り、いよいよ以って、スカパーからe2への移行を決断したことに端を発する。移行と云うことで別途新たな加入料が掛かるで無し。又、チューナーのレンタル料も無くなる上、BSの視聴もできるとあれば、今まで面倒がってぐずぐずと先へ延ばして居たのを、ここいらでいよいよ清々させねばなるまい、と重腰を上げた訳だ。善は急げ、と電気店にて特価四千円のBS 110度CSアンテナを購入。アンテナ以外の付属品が一切付かぬ、本体のみ故の特価であるが、取り付けポールも同軸ケーブルも、既存のものをそのまま使えば宜しいのだから、余計な付属の無い方が、こちらとしてはかえって好都合であった。旧知の設備屋氏より、衛星アンテナの測定器を既に拝借してあるので、早速取り付けに臨むこととし、意気揚々、いざ工具を背負って屋上へ。ところが。結果から申し上げれば、予定では半時も掛からずに済む筈であったのが、何しろ凡そ一時間半以上も要すると云う、全く予想だにせぬ事態と相成った訳なのである。




さて。それが如何な事態であったかと云えば、つまり、工具に泣かされたと云えば良いのか。先ず、ポールから旧アンテナを外すべく、ドライバーを螺子穴に差し込んで回すのだが、是が微動だにしない。幾度か試すも、一向に回らぬ。一旦手を止め、よくよく覗き込めば、長年の風雨に晒される内、器具と螺子との接面が、さながら溶接でもされたよに全く強固にひっついてしまって居て、生半可な人力では歯が立たぬ有様となって居た。嗚呼、だから私は電動ドライバーが欲しい・・・。なまじ無茶に取っ組み合って、これ以上螺子穴がつぶれてしまったのでは元も子も無いので、已む無く別の設置法を考えることとした。取り付けポールは、L字鉄骨を溶接して拵えた屋上への梯子の天辺に据えられて居る。是が無理となると、鉄骨の方へ直に取り付けるのが、ひとつ無難な案かと思われた。ところがいざ、器具を挟み込んで仮固定してみたところ、やはりL字の形状のままでは安定しない。仕方が無いので、L字の内側へ細い角材の木っ端とウレタン材とを、ビニルテープでぎちぎちに巻き付け、その上から再び仮固定を試みる。しかし、今度は挟みが浅くていけない。ううむ。足したり引いたり、幾度か微調整を繰り返したところで、所詮、高の知れたもの。是も断念する。その後も、取り付けができそな場所を見付けては断念する、を繰り返し、いい加減に疲れてきたところで、一先ずは小休止することとし、力無く地上へ戻って、力無く珈琲をすすり、手持ちの工具を力無く眺めながら、新たな策を探った。
恐らくは最後の手立てとして、私はノミと金槌とプライヤーを新たに携えて、えっちらおっちら。再度屋上へと梯子を上り、すっかり固まってしまった螺子と取り付け器具との間へ、ノミの歯先を当て、是を金槌で叩くことを試みた。カーン、カーン、カーン。灰色の寒空の下、乾いた金属音だけが虚しく響き渡る。其処へ時折通り掛る近所の人々は、この薄寒い曇天に、この阿呆は一体何をおっ始めたのか?と、些かの怪訝を滲ませた面相でもって見上げ、従って私は「どうもこんにちは。いやその、アンテナがね。中々外れんのですよ。」などと、努めて何と云うことの無い体を装わねばならず、この乾いた金属の残響の如き虚しさを、鈍く心に覚えるのであった。
他数箇所も同じくカーンカーンとやった後、あまり期待せぬまま手に取った貧相なプライヤーで、斯くも因業な螺子を挟み込み、渾身の力を込めて回し始めたところ、何やら物の手応えが・・・。おや、もしかして動いて居るのか?再度力んで回せば、実に、螺子がゆっくりと動き始めて居るではないか。おお!この分だと、どうやら首尾良く運びそうじゃないか。そうこうする内に、因業な螺子もすっかり観念した様子で、遂に白旗を揚げたと見え、ようやっと外れてくれたのであった。螺子さえ外れてしまえば、もうこちらのもので、後の作業は難無くさかさかと進んで、作業終了。それにつけても、取り付けに要した時間10分に対し、取り外しが90分とは、何とも理不尽なものである。
総じて。満足な工具さえあれば、取り外しと取り付け双方で、半時も掛からぬ作業であったことだろうが、それを聞いた大方の人なら「そんな作業なんぞ、しょっちゅう在るものじゃ無し。要なら其の都度借りれば良いではないか。若しくは、頼めば良いではないか。」と、お考えになられることかと思う。全くご尤もなご意見である。しかし、私はどうしても工具が欲しい上、どうしても自らがやりたいのだから、つくづく面倒な性分である。

*1:実のところ、叔父宅は鋸刃の製作場兼工具屋であるから、ありとあらゆる工具の類には事欠くことが無い。しかし、大工・職人衆らプロ相手の商売と云うことは、即ち、扱う工具類も全てプロ仕様な訳で、そんなもの、私風情にはとてもじゃないが畏れ多くて使えたものじゃない。

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