双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

縁は異なもの

|徒然| |若旦那|


師走の身の上に青天の霹靂。急転直下。寝耳に水…は、ちと違うか。兎にも角にも。結論から申し上げると、本日拙宅に、みなしごのチビ猫がやって来たのである。我が最愛の爺猫が彼岸へと旅立ってから、未だひと月も経たぬと云うのに、何故唐突に斯様な運びとなったのか。それが実に不可思議と云うのか、必然の偶然がもたらしたよな話なのである。


そもそもの事の発端は、二週間ほど前。Mさんと云うお宅の裏手で、母猫を失った野良の子猫三匹が身を寄せ合って居たのを、Mさんの奥さんが見付けたことに始まる。暫く様子を窺って居たところ、程無くその内の二匹が衰弱死。一匹だけが残されてしまったことに、Mさんの奥さんは大層心を痛めた。しかしこのお宅、ご夫婦揃っての猫アレルギー。家で飼ってやりたいのはやまやまなれど、それは無理だと云うので、雨の当たらぬ軒下へ、段ボールなどで寝床を拵え、其処で餌を与えて世話をしながら、誰か貰い手を捜すことに。
「ところでホビちゃん。猫貰ってくれない?雌の子猫なんだけど。」貰い手捜しを手伝って居た知人のKさんが店を訪れ、その話を聞いたのが十日前。実はつい先頃、長年連れ添った猫を亡くしたばかりで、とても未だそんな気持ちにはなれないし、残念だけれど、私の猫は代々雄猫なので・・・。そう伝え、でも貰い手探しのお手伝いなら喜んでさせて頂く、と写真を預かって店内に貼り出した。後日、Kさんと連れ立って様子を見にMさん宅へ伺うと、丁度、手袋に割烹着とマスクで重装備した奥さんが、子猫に餌を与えるところであった。奥さんの呼び掛けに何処からか現れた子猫は、見たところ生後二、三ヶ月だろか。薄いグレーに縞の入ったきれいな顔の子猫で、たらふくご飯を貰って居るのだろ。まぁ、ころころとして居ること。皿に盛られた餌を物凄い勢いで平らげると、逃げるよにして、ささと生垣の中へ身を隠してしまった。「かわいい猫でしょう。私がこんなでなきゃ、飼ってあげたいのだけれど。」Mさんの奥さんはそう云って手袋を外し、肩をすくめた。
帰りの車中、私はぼんやりと考えて居た。もし私が再び猫を迎え入れることが在るとすれば、それは雄猫で、只ひとつの、縁と機の重なりによるものだろう。こちらが一方的に求めるのでは無い。どちらからとも無く。いつか何処からか、ふと訪れる縁。不思議にそれと分かる類のものであり、嗚呼、この猫だ。と、心が応えるときだ。それが訪れなければ、私が猫と暮らすことは、もう無いと想う。そしてあの天涯孤独の身となったチビ猫には、きっと何処かに貰い手が居るだろう。私ではない、他の誰か。
それからKさん伝手に、貰い手が決まりかけて駄目になったと聞き、店の貼り紙にも反応が無いまま、幾日もが過ぎていった。そして三日前の午後。Mさんの奥さんから電話が在り、お陰さまでようやく貰い手が見付かって、無事引き取られたとの一報を受け、一同ほっと胸をなで下ろしたのだった…が。ここからが急展開。一夜明け昨日。再びMさんの奥さんから電話で、貰い手が健康状態を調べるため、お医者に診せたところ、健康状態は良好だが、実は雄猫であったことが判明!その上、そのお宅に昔から飼われて居た猫と、どうにも相性が合わぬと云うので、またしても出戻って来てしまったのだと云う。
「是じゃ何だかたらいまわしみたいで、あんまりにも可哀相で・・・。だからもし誰も見付からないようなら、いっそ私が外猫として飼うことにしようと思うの。本当なら、ちゃんと家の中で世話して貰うのが仕合せでしょうけれど。ホビちゃん、雄猫が良いって云って居たけれど、猫ちゃん亡くなったばかりで無理ですものね…」ええ。でも、こちらでもまた心当たりを当たってみますので、もう少し時間を頂けますか。そう云って、一先ずは電話を切った。しかし何とまあ、あの子猫が雄猫であったとは。間も無く出勤してきたAちゃんに、先程の話の一部始終を伝える。
「ねえ、ホビちゃん。是はもしかすると、アー坊の計らいかも知れない。私には、何だかそう思えるんだ。何度も話が決まりかけては駄目になって、戻されて。しかも雌だと思って居たのが、実は雄だった!なんてオチまで付いて。こんな話って…」そうなのか?嗚呼、そうなのだろか。必然としか想えぬ不可思議な偶然が幾つも重なり、巡り巡って最後は私の所へ行き着いた。そうだ、是は縁なのかも知れぬ。爺様が、ねえ様も寂しいのは辛かろ。ちいとばかし早い気もするが、そろそろワシの後継に、ちいちゃいのをよこすから、と。あちら側から、ちゃあんと取り計らってくれたのかも知れぬ。幾許かの戸惑いを抱えつつも、何か急に腑に落ちたよな気がして、すると不思議と心づもりも決まった。先程の電話から半時も経たずに、私はメモ紙にMさん宅の番号を探して居た。


そして本日。様々な紆余曲折を経て、チビ猫が私の部屋へやって来た。籠から出してやると、根っからの野良とは思えぬほど、随分と落ち着いた様子だもので拍子抜けする。先ずは抱き上げて爺様の遺影に挨拶。「爺さん、是が例のチビ猫です。有難う。そして宜しくお願いします。」抱えたまま手を合わせて目を閉じれば、つうと涙がこぼれてくる。逝った後のことまで取り計らって、爺さん。お前は何と懐の深い猫であることか…。小さな新参者は暫し一通り、部屋の中を調べるよにして歩き回った後、向う脛に擦り寄って短く、にゃにゃと鳴いた。そして実に不思議なことには、このチビ。まるでこの部屋の勝手が分かって居る、心得て居るとでも云う風に、早速にトイレで用を足し、餌を食べ、水を飲み、ゴロリ座布団の上に寛いで居るではないか。おい。だってお前、今さっき来たばかりじゃないか。嗚呼。このチビはやはり、爺様のよこした猫なんだな。
縁とは斯くも異なものであることよ。さあ、チビ。お前の名前を、ピピン*1とつけよう。これからはお前が私の新しい相棒だ。


+++



物怖じしないと云うのか、図太いと云うのか。
初日から斯様な様子で、いやはやどうも。大物め。

*1:正式名”ペレグリン・トゥック”。ミドルネームは額のMの中に小さなWが在ることから”ウィンチェスター”としたが、是はAちゃんたっての希望による。

<