双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

十五夜ワルツ

|爺猫記|


午前中の内に爺様を医者へ連れてゆき、レントゲンと血液検査。結果は午後になるとのこと。その間、爺様を家へ戻して寝かせた後、私は実家で軽く昼を食べ、鍼灸院へ出向く。木漏れ日の程好い寝台の上にうつ伏せとなり、患部に温湿布の電気を流して貰って居ると、音量を絞ったイージーリスニングの有線から、耳慣れたやわらかいギターの旋律が流れてきた。『ディア・ハンター』のテーマ曲だった。ここ数日間、ぴんと張詰めて居たものが、不意にはらとほどけた。堰が切れると云うのじゃない。只、音も無く、滑るよにしてゆっくり動き出す。仕切りのカーテンの閉じられて居るのを良いことに、静かに泣いた。近頃は本当に涙もろい。歳をとった、と想う。施術が終わって患部を診た先生は、驚異的な回復力だ、と非常に驚いて居た。*1
心持ちをしゃんとさせたく、散髪へも出向く。何故か希望よりもうんと短くされてしまったが、しかしまぁ、それも良かろう。*2
爺様の検査の結果を聞きに、再び病院まで。案の定、腎疾患であった。高齢の猫の大概は、遅かれ早かれ腎不全で逝く。赤ひげ先生によれば、恐らくは水腎症を起こして居るらしい、とのこと。今すぐにどうこうなる数値ではないと思うが、知っての通り、一度失われた腎臓の機能は二度と回復しない。つまり治る病では無い、と云うこと。投薬はもう止して、腎不全の猫用の療法食に変えて。後はただ労わって看取ってあげなさい。老いて弱ってゆくだけの体に、外科的な治療や、あれこれやられるのはね、犬猫だって苦しいんだ。人間だってそうでしょ?はい、分かります。先生の話に頷き、そして腹を括る。ひと月なのか一年なのか。いつまで、と云うのは分からないけれども、生きるものには其々の寿命が在る。抗わず、しっかり看取ってやろう。決して長くは無いだろう残りの日々を、静かに見守って過ごそう。
あっちだこっちだと用を足し、疲れてようやっと家へ戻れば、餌を食べ終えたと思しき爺様が、丁度毛繕いなぞして居るところであった。爺さん。食べ終えたばかりで恐縮ですが、新しいご飯。一寸味見してみますか?ぱらぱらと皿に取り出すと、ちらと横目でこちらを見、そうして早速に食べ始めた。お気に召しましたか。ああ、そんな。結構値の張るご飯なんですから、ちゃんと味わって食べて下さいよ。これからはずっと、こちらのご飯となりますからね。
表の虫の声に、今日が十五夜であったのを思い出す。ひょいと窓から首出して覗けば、きれいなお月さんが青白かった。残暑も彼岸まで、か。早く季節が秋らしくなると良いね。



爺さん、格好良いですぜ。

*1:何やらガットゥーゾみたいだな、と想う(笑)。

*2:本当はあんまり宜しくないのだが。

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