双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

爺様の具合

|爺猫記|


実は先週末より、爺様猫の体調が芳しくない。
カリカリ餌を徐々に口にしなくなり、見る見る間にやせ細って、抱いた背骨のごりごりとした感触に、思わずぞくりとなる。かと云って、ぐったり元気が無いと云うのでも無く、水をいつも通り飲んで居るところを見ると、恐らくは、以前から歯槽膿漏気味であったのが原因か。現に前歯の下が赤く腫れて居る風である。しかし困ったのは、誰に似たのやら。貧乏性と云うか、偏屈と云うか。何せ幼い頃より、徹底してカリカリしか食わない猫だもので、幾らこちらが気遣ってやろうとも、やわらかく工夫した餌などには全く見向きもしない。ふむ。去勢手術のときを除いて、今の今まで、一度も病院の世話にならずに済んだのは、爺様自身の健康体故に他ならないが、見目こそ少々若くあっても、十二年生きて居る御老体だ。そろそろ何処かに不具合が生じても、おかしくはあるまい。そこで病とも怪我とも全く縁の無かった爺様を、本日。とうとう病院へ連れてゆくことにしたのである。


爺様の去勢手術の他、今は亡き実家の猫たちが、ほんの幾度かではあるが、以前に世話になったことのある動物病院である。しかし、今様の小ぎれいで気の利いた、最新設備の動物病院なんぞを想像してはいけない。何せ元々が昔の牛乳屋だか新聞屋だった所だ。建物自体もかなりボロな上、あれこれ詰め込んでえらく手狭ときて居り、佇まいだけ見れば診療所と呼ぶ方が似つかわしいよな、実に小さな小さな病院なのだ。加えて、先生はぶっきらぼう。余計な愛想も気回しも無く、なかなか手厳しい御仁であるにも拘わらず、ここを頼る人は決して少なくない。*1余命幾許も無い動物への無意味な延命措置には、反対の姿勢を貫いて居て、残された命をあれこれ弄繰り回さず、静かに見守り看取ってやるのが良い、と云う方針である。又、良心的などと云えば聞こえは良いが、他所では一万円近い診療代が、ここでは四、五千円だったり。いったいこんな金額でやっていけるのかしら?と、こちらが心配となることもしばしばで、云わば先生は、動物たちの赤ひげ先生なのである。
さて。肝心の爺様の病状であるが、こちらはてっきり歯茎の炎症を疑わずに居たのが、この程度なら餌は食べられるし、歯茎自体は大したことは無いので、どうやらそれが原因ではないと云う。「十二歳の年齢を考えたら、良い状態の方でしょ。」ところが触診しながらムムと唸り、爺様の腹部に気になるしこりが在る、と先生。エコーを撮ってみると、確かに丸い形状のものが、うすぼんやりと写って居る。実に予想外のことだった。腫瘍みたいなものなのか…。「その可能性も在るけど、現時点では分からないし、検査とか治療とか全部一緒にはやらないからね。一つずつやっていきましょう。」私は良い方にしか考えないから、と先生は云い、先ずは一日二回の投薬を明日から四日間続け、様子を見ることとなった。当の爺様はと云えば、相変わらず殆ど餌は食べられないものの、思ったより元気であるのが救いである。
例のしこりとやらが悪性の腫瘍であったり、腎臓病など、治療の難しい病でないことを祈るばかりだが、結果がどうあれ、そろそろ。そう云う覚悟と向き合わねばならない時期、なのかも知れないなぁ…。待合室の早見表によれば、爺様の正確な年齢は七十八歳であった。

*1:尤も。神経質で過保護な類の主人たちには、概ね不評であるけれども(笑)。

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