双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

父と息子

|映画|

『セカンド・ベスト/父を探す旅』(原題:Second Best) 1994年/アメリ
監督 : クリス・メンゲス
出演 : ウィリアム・ハート
    クリス・クリアリー・マイルズ
    ジョン・ハート
    キース・アレン
    アラン・カミング



Second Best Trailer


随分と地味な映画ながら、強く静かに、心に残る作品かと想う。ウィリアム・ハート演じるところのグレアム。四十を過ぎて尚独り身の不器用な男で、寝たきりとなった父親(勿論確執在り)の世話をしながら、ウェールズの片田舎に、雑貨屋を兼ねた小さな郵便局を営んで居るのだが、或る日。思い立って養子をとることを決心する。一方養子に選ばれた孤児院暮らしの少年ジェイムズには、刑務所の出入りを繰り返すろくでなしの父親が居り、しかしこの父親に強い愛情を持つが故に、又、哀しい過去を持つが故に誰へも心を開けず、頑なに殻へ閉じこもっては自分を痛めつけてしまう。この二人が出遭い、本当の父と子となるまでの葛藤や触れ合いが、ウェールズの美しい風景と共に、何処かケン・ローチ作品を想わせるよな、抑えた色調と静謐なタッチでもって描かれる。
あまりに相思相愛の両親の元に育ち、自分だけが邪魔者で、父親に望まれなかった息子であると感じながら生きてきたグレアムと、ろくでなしの父親を愛し続けると同時に、呪縛にも似たその愛情からも抜け出せず、自分の世界に閉じこもり続けるジェイムズ。恐る恐る近付き合い、ときに激しくぶつかり、ときに孤独を共有しながら、お互い心に”父親”と云う共通の深い傷を負い、自らを縛りつける過去と決別できずに居る者同士が、迷い傷付きながら、たどたどしい手探りでもって絆を深めてゆくのだ。
何しろこの映画は、繊細で不器用な中年男を演じるウィリアム・ハートに尽きるのだが、『ケス』を彷彿とさせるよな子役の少年の眼差し、佇まいも同じくらいに印象的で、民生委員のアラン・カミングや、グレアムの叔父に扮するジョン・ハート(かなり奇天烈)など、脇を固める役者陣も素晴らしい。又、グレアムがその生涯で一度も出たことのない住まい、と云うのが実に良く作られて居る。幾十年も前から変わらず其処に在り、変わらず使い続けて居るであろう食器類や、家具など、見て居るだけで胸が一杯になってしまう。*1そして互いに違った形であれ、彼らは先に母親を失った者同士でもある。この物語は、歪みと喪失と欠落を傷として抱える者たちの、云わば再生の物語であるのかも知れない。やがて民生委員の見守る中、二人はぎこちなくも心を寄せ共に暮らし始めるのだが、末期のエイズによりその余命を僅かに残すばかりとなった、ジェイムズの父親が突然現れたことにより、”二人の父”との間で揺れるジェイムズは、或る晩失踪。深い森の中へと自ら姿を隠してしまう。
物語は大袈裟なラストシーンを用意しない。カメラは只、グレアムとジェイムズの並んで歩く後姿を追い、二人が家へと帰ってゆく場面で幕を閉じる。しかしながら、見る人はきっと明け始めた朝に、二人のこれからを重ねる。其処へ静かに寄り添うよな音楽が、実に良い。
この映画を初めて観たのは十数年も前、旅先に滞在した友人宅のテレビで、留守番を頼まれた或る晩だったと思う。帰って来た同居人の女の子にあらすじを訊ねられ、甚だ怪しい英語力でもって、必死に説明したのであったが、それはその数日前に、ドラえもんの四次元ポケットについて説明を求められたときよりも、ずっと難しかったのを憶えて居る。

*1:加えて、グレアムや村人たちの服装などへも、徹底したリアリティが貫かれて居り、お見事。パート局員の、色褪せてくたくたになったスウェット上下なんか、もう・・・(苦笑)。

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