双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

先生の映画会

|小僧先生|


実にひと月半ぶりの散髪を済ませた足で、夕刻実家へ立ち寄ると、丁度、小僧先生が早い夕飯を召し上がるところであったので、私もちゃっかり相伴に預かる。やがて食休みを挟んで風呂の支度をして居ると、広報車であろうか。何やら表に女性の声が。「こども映画会」と「児童公園」の二つが辛うじて聞き取れただけで、詳細は良く分からない。程無く帰宅した弟に訊ねると、この日、町内の児童公園にて子供向けの映画会が行われるらしい。何でも数年前から、夏祭りの翌日に行われて居るのだとかで、交通安全のアニメと昔話のアニメ二つの三本立て。昨年などはなかなかの盛況であった、と云う。「どうです、先生。二人で行きましょう」お誘い申し上げると、小僧先生、小躍りである。開演は七時半からではないか、と云うので、先に風呂を済ませて身支度し、十分ほど前に出立。半袖の寝巻きの上に、ジャンパーを羽織った先生が、少し先を行く。


「夏だと云うのに、こう寒くては適わんよ」
「ええ、涼しいですね」
「君。もしや、映画会は既に始まってやしないかね」
「大丈夫ですよ。七時半からだと聞きましたから」


ところが。いざ公園へ近づくに連れ、市原悦子常田富士男と思しき掛け合いが…。どうやら映画会は七時開演だったらしい。先生に膨れられる前に、近くの自動販売機にて飲料水を買い求め、是を先手とする。既に映画は二本目を終えたところ。すっかり暗くなった公園に、こじんまりしたスクリーンが設えてあって、その前には十五脚ほどの、小さな小さな帆布の折り畳み椅子が並んで居るのだが、肝心の子供の姿はたったの三人きり。会議机に置かれた機材の周りの大人たちは、恐らく関係者と思われ、そのすぐ近くのベンチでは、缶ビールを手にした四人の年寄りらが寛ぐ。では、次でお終いになります。『屁ひり女房』です。係員の男性が告げると、龍の背中に乗った童子の懐かしい姿が、白い幕の上に動き出した。人の情けが仕合せを〜そっと〜運んだ〜笠地蔵〜


「おい君。かさじぞう、と云うのは何のことかね」
「ええとですね。こう、先の尖った笠と云うものが在りまして。それを頭にかむったお地蔵様のことなのですが、それには先ず『かさこ地蔵』と云うお話が在るのです。後で教えて差し上げますよ」
「ふむ。では、へひり、とは?」


すると、先生の隣に座って居た小学四年生ほどの少年が、大きなおならをするお嫁さんのお話で、とても面白いのだ、と是に答えてくれる。納得した風の先生は、差し上げた飲料水飲み飲み、後は少年の解説を時折仰ぎながら、お話を愉しまれた様子であった。いよいよ映画会が仕舞いになると、主催者から夏休みの注意事項を交えた挨拶があり、子供たちは椅子を畳むのを手伝った。先生も頑張って二つ運んだ。たった四人の小さな掌に大人たちのを足しても、十を少し過ぎるばかりの拍手は、何だか、夏の夜の公園にやけに寂しくて、其処へ抜け殻のよな祭りの痕跡と長袖の涼しさとが、ふと、夏の終わりの頃を想わせ、妙にしんみりとするのだった。


「だから風呂など後回しにしよう、と云ったのだ。そうして居れば、ちゃんと間に合ったのだ」
「ええ、そうでしたね」
「まぁ良い。また来年も来るのだろう?こども映画会、とやらは」
「はい、また来ますよ。」


帰りの夜道。先生は「へひり、へひり」と繰り返しながら、お世辞にも上手とは呼べないスキップを跳んで居た。

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