双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

私とナイフと赤っ恥

|モノ| |市|


私は日頃からナイフを持ち歩いて居るよな女である。*1


などと書くと、然も暗がりに身を潜めては、夜な夜な通行人を脅して金品を狙うだとか、酒場の安喧嘩をおっぱじめては、懐から無闇に取り出す物騒な輩を想い浮かべる方も居られようが、無論、そんな訳は無い。ナイフとは云っても、折畳み式の小さなもので、果物をむいたり、紐などを切ったり、テープを剥がしたり、封の硬い袋を開けたりと、是が出先で何かと役に立つものである。ところが先月、愛用して居た品を自らの不注意で紛失してしまい、そこへ来て丁度、久々に骨董市のお誘いが掛かったので、ならば塩梅の宜しいのを探してみるか、と相成った次第。
朝七時頃に到着して、先ずはぐるり、ひと回りする。生憎の天気は、傘を差さずとも済む霧雨程度であったが、所々歯抜け。やはり家具などの大物や、紙モノを扱う業者の多くが、出店を見合わせたと見える。あそこなら置いてありそうだな、と心当たりを覗けば、在った在った。こちらは主に旧日本軍の品々などを扱う硬派な店。軍事郵便や勲章、懐中時計などに混じって、ケースの中に幾つか、折畳みナイフが並んで居る。お願いして見せて頂くと、肥後守が数種に、恐らくはロシア製だろか。キリル文字の書かれた人差し指大の品。そしてその隣に、柄の部分が木製の、何処と無くオピネルにも通じる渋いのが在り、一目で気に入ってしまった。良く見ると、平たい柄の下の方に小さな模様が彫って在る。「それね、桜じゃないかな。昔の海軍さんが使ってたんだね。」とご店主。すると、いつの間に居たのやら。お向かいのご店主が云う。「お姉さん、良いの選んだね。俺にも一寸見せて。」それから三人で、あれやこれやと雑談を交えた後、購入と運び。「うん、千円で良いよ。」使い込んで角に丸みを帯びた柄が、握った手に心地良く馴染む。
礼を述べて再びぶらりへ戻れば、敷地の奥の東屋に気に入りの店が在り、こちらのご店主はいつもお洒落で、英国製のパイプをふかして居る紳士。持って来る品は数こそ少ないが、柱時計に和家具や道具類など。この市には珍しく、何れも修繕済み、手入れの行き届いたものばかりである。自室で愛用の文机は、ずっと以前にこちらで買い求めた。本棚が在れば見てみたかったのだけれど、生憎今日は持ってきて居ないと云うので、長椅子を拝借して暫し一服。小一時間程ぶらぶらした後の帰り際、再び先程ナイフを買い求めた店へ寄ると、肥後守を幾つか見せて頂く。中には三徳とでも云えば良いのか、鋸と鎌まで付いたのも在って、ご店主曰く「この鎌ね、カーブしてるから紐なんか切るのに便利。」とのこと。結局幾つか在る中から選んだのは、至極真っ当な普通の肥後守で、既に手元に在るものと形状は同じだが、こちらは真ん中に青鋼を挟んであるので、硬くて刃も厚い。「さっきも買ってくれたもんね。うん、五百円で良いよ。」実に有難いことである。斯くて久々の市詣では、実に満足ゆく収穫で幕を閉じ。

本日ご縁の在ったモノたち

  • 海軍ナイフ:千円也
  • 肥後守:五百円也


□□□


さて。以下余談。
以前に組合の旅行で飛行機に乗った際、搭乗前の検査に引っ掛かって、あわや乗り遅れる寸前、と云うことが在った。私を調べて居た仏頂面の歳若い女性係員が、上司と思われる男性係員に呼ばれ、何やら小声で話して居る。程無くして上司を伴うと、X線の箱から流れてきた鞄を指差し、強い口調で云う。「何か危険物をお持ちじゃないですか?」「え??そんなもの持ってませんよ!」「本当に持って居ませんか?」「持ってませんよ!」「例えば刃物とか。」「はあぁ?」誘導尋問のよな態度に、こちらもいい加減苛々としてきたところへ、男性係員が鞄の確認を求めるので是に従ったところ、おや?外ポケットの奥底に何やら、ものの手応えが…。果たしてそこで出てきたのは、実に見覚えの在る、小さな折畳みナイフなのであった。
と云うのも、たまたま持って来た鞄が、久方ぶりに出した鞄だったもので、ポケットにナイフを入れたままであったことなど、こちらはすっかり忘れて居た訳なのだが、あんなに自信たっぷりに否定した手前、何ともバツが悪くて困った。しかし、X線に映って居たのなら、初めからそう云えば良いものを、係員も人が悪い。没収処分か、それが嫌なら着払いで自宅に送るかと問われ、当然後者を選択したたものの、搭乗の最終案内は、今まさに終わろうとして居る。宅急便の伝票に、未だ嘗て無い程の酷い字で必要事項を書き殴ると、控えをひっ掴み、全速力で搭乗口へ向かった…と云う、お恥ずかしい失態の過去である。
皆様もお出掛けの際には、くれぐれも鞄の確認をお忘れなきよう(笑)。
それでは、オー・ルボワール。

*1:ついでに超小型折畳み式ドライバーも…(笑)。

<