|小僧先生|
薄曇りの空の元、小僧先生と連れ立ち
散歩に出掛けた。人っ気の無い線路沿いの
遊歩道に桜の木が六本。いつの間にか満開
となって、花冷えの午後の中にはらはらと
花びらを散らせて居た。ふと歩みを止め、
二人して、枝の内側に是をしみじみと仰ぎ見る。
「先生、見てください。生憎の曇天ですが、桜ですよ。」
「ふむ。小さいのが集まって、まん丸になって咲くのだな。」
「お、良くお気づきになりましたねぇ。丁度満開です。」
「”満開” とは如何なる意味なのだ?」
「もう是を過ぎたら終わってしまう、と云う手前のことです。」
「何と!花が終わるのかね?」
「残念ですが、そうなのです。」
「実に寂しいことだな。」
「ええ。でも、今度は青々とした若葉となるのです。」
「それでは、もう花は咲かぬのかね?」
「いいえ。また次の年、同じ頃になったら咲きますよ。」
「そうかそうか。それは結構。」
納得された先生は、だっと先へ駆け出して止まり、
くるり振り返ると、こちらへおいでおいでをした。
「おい君、ここから見給え。実に見事な眺めであるぞ!」
促されるまま先生の隣に立ち、振返って眺めれば、
こじんまりした寸の桜が、縦一列に並んで連なり、
フェンス越しの線路が、それと平行に続いて居た。