双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

六日後

|雑記|


本日、市民による市民のための市民ボランティアの立ち上げ。役所に留まったままの情報を、いち早く地域住民に知らせること。同じく留まったままの物資を配給すること。一人住まいの高齢者や、地域と繋がりの薄い人々ら、孤立して居る世帯の把握を急ぐこと。主に町場の消防分団員や飲食店組合若手などが中心となって、たった一晩で発足に至った。役所にこの迅速さは望めまい。当面は社協・対策本部と連携して動くことになりそうだが、明日以降になってみないと、詳細が分からないとのこと。勿論、予算など出ないので、全ては皆の持ち出し。早速、話を聞きつけた御仁より差し入れが届く。有難い。
この日は一先ず、メンバー所有の空きテナントに事務所を構え、PCやその他を持ち寄り、簡素な設備を整えて終了。役所と事務所を行き来しながら、明日からの活動について談話する。聞けば市は既に、隣町と福島県より非難して来た人々を百名近く受け入れたと云うが、この人たちへの対応も後手後手となってしまって居る。大きな不安を抱えて非難してきても、避難先がこの調子では、かえって気の毒になってしまう。県北地区と福島とは、その距離も近いことから馴染みも深い。やはり原子力施設を有する我が県でも、過去の大きな事故によって負った経験は、無責任な風評による孤立感も含めて、未だに心に苦く残って居り、それ故、今回の事故による諸々については、とても他人事ではないのだ。 「何か在ったら、そんときゃ討ち死にだな。」 「ん。心中だな。」 「人間には到底無理な仕事なんだからよ。巨大ロボにやらせりゃ良いんだよ。」 ともすれば不謹慎な軽口となりかねない会話は、しかし決してそうは聞こえず、むしろ励ましや労りの心根を滲ませて居たのじゃなかろか。確かに疲れて居るし、余裕も無いし、不安でもあるけれど。ここに集まった誰もが皆、自分自身も慌しい状況にあり、又、自分たちの町を自虐的に語りながらも、何かをせずに居られないと云うのは、結局のところ、自分たちの生まれ育ったこの町を、好きだからなのだと思う。皆、自らが動かずには居られないのだ。いつもうんざりさせられて、普段は嫌な部分ばかりが感じられても…。
しかし一方では、町場の世話役の一人とも云える立場の人が、原発事故の直後。こっそり人知れず、神奈川の親類宅へ逃げ出したと聞いた。已むに已まれず、住み慣れた家から退避を余儀なくされた人々が居ると云うのに、世間の風評にまんまと踊らされるとは、実に情けない話である。こうして若手が懸命に動いて居るのに。それを聞きながら、ふと思った。隣県での原発事故を知ったからと云って、この町を抜け出そうなどとは、何故だか全く浮かばなかったなぁ、と。むしろ、成る程。そう云う方法も在るのものか、と感心したくらいである。まぁ、人其々だ。後々になって思い返したとき、自分自身がそれをどう感じるか、なのだ。


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追記 :
実家の在る地区では、ようやく水道が復旧。小僧先生が一緒だったので、ちりっちりの熱い湯で…とはいきませんでしたが、待望の風呂に浸かることができました。

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