双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

陸前松島へ行って帰って来た

|旅|


常磐線仙石線を乗り継いで、宮城県は松島まで行って来たよ。どうして松島かって、別に松島でなければならない理由など何処にも無いのだけれど、18きっぷ最後の一枠に相応しく、今回はひとつ、真っ当な景勝地なんぞへ出掛けてみよう、と思った訳ね。考えたらこの夏は一度も海へ行かなかったし、どうせなら海が良いと云うので、最初に思い浮んだのが、たまたま松島であっただけのことでさ。夏休みとやらも終わって一段落した頃だろうと。それで寝惚け眼のまま朝の電車に乗り込んで、一路北へと向かったのだよ。朝が早かったから、原ノ町に着くまでは殆ど寝て居たんだけれど、何しろ、根っからのセンチメンタリストだからね。道中の些事へは、ちょっとの期待を持って出掛ける訳だ。ほら、車窓の塩梅だとかさ、雰囲気はなかなか大事じゃないか。ところが仙台で乗り換えた仙石線は、特にどうってことが無かったんだな。つまり、何処もブラインドをきっちり下ろされちゃって、何も見えなかった。
松島海岸に着いたら着いたで、観光バスの団体やら何やら、未だ未だ夏の喧騒は去って居なかったよ。その上、この無情な程の暑さだ。とてもほっつき歩けたものじゃない。到着が昼の頃だったから、そのまま食堂を探そうと思ったのだけど、どうやら観光地の宿命と云うのかね。所謂、観光客相手の大きな食事処ばかりで、他に適当なのが見当らないんだなぁ。しかも諸君。その客引きと云うのがえらく凄まじいんだ。いやあ、そりゃもう、えげつないくらいさ。むしろ感嘆すら覚えるよ。まったく見事なものだね。一人の客を四人で取り合う争奪戦の前には、実に松島湾の美しい景色が広がると云う、世にも珍妙な取り合わせ。芭蕉先生があれを見たら、如何とお詠みになるものかなぁ。
けれど、折角観光地に来たのだから、ここは自ら積極的に乗っかってみたよ。その結果、値段と中身の釣合いに、納得のゆかぬカキフライ定食を食べて、五大堂を見学した。木造のお堂の上の方には、ぐるりと四方に十二支が彫って在るんだけど、誰も気にしちゃ居なかったみたい。それから二百円払って橋を渡り、その先の福浦島をぐるっと歩いた。途中、岸壁に打ち寄せる波の音を聞きながら、ぼんやりした頭で松島湾を眺めて居たら、何だか奇妙な心地がしてきてね。箱庭みたいな湾の上に、まるで誰かが大小様々の島を、ぽこぽこと配置したのじゃないかしらなんて。あの風景には、自然の造形と云うよりも、何処か作りものみたいな愛らしさ、とでも云うのかな。或る種のキッチュネスの在る気がしてさ。勿論、それは良い意味でだよ。そうそう。松島湾にはそうした島々が二百六十以上も在るんだってね。そんなに在るなんて初めて知った。
滞在時間は三時間くらいで、後はただ元来た道を帰った訳ね。暑さと人ごみに疲れちゃって、帰りも殆ど寝て居たよ。うん。そんなだからさ、結局、松島にはちいともセンチメンタルな気分にさせて貰えなかったんだけれど、でも、あの眺めは良かった。冬のちょっと閑散とした時期に来たのだったら、きっとまた違って見えるのだろうね。
帰って実家へ寄ったら、「あんた、わざわざ疲れに行っただけじゃないの」 なんて、身も蓋も無いこと云われたよ。うん、確かにその通りだ。その通りに違いない。

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